元気だろうか

水たまりを跨ぐ。
が、どこか入りたい自分がいる。幼心だろうか、幼稚だろうか。

昔は周りの目など気にしたこともなかった。
溜まった水の中で寝転んだ。生温い水が服を濡らす。起き上がった時には泥だらけなんだろうな。

今はそんなこと、できないよ。寂しいな。
だけど時々、雨が降れば人目を避け靴を脱ぐ。靴下も。裸足で家まで帰る。誰にもバレずに。

密かな楽しみ。見つかっちゃいけない。
雨傘の下は雨足よりも強く踊っている。


米を炊くためだけにスリッパを履く。
卵を焼くためだけにレコードをかける。
ニュースを見るためだけにお茶を入れる。
銭湯に行くためだけにコンタクトを着ける。

それとは関係のない事。いつも。
そんなことが生活を楽しくさせてくれる。良い下味が今日もついてる。

元気だろうか。
僕の釣竿を見張っててくれたおじさん。トイレを我慢できなくなった僕は、隣のおじさんに見張りを頼んだ。腹痛には抗えない。
スッキリした帰り、中学生ながら何かお礼をしたくなった。今でも思う。正解はなんだったのか。


ブラックか微糖か。カフェオレってなんだ。
おじさんは何を飲む生き物なんだ。


僕はブラックを選んだ。コーヒーはブラックだけだと思っていた。おじさんはコーヒーの代わりにと釣れた魚を少し分けてくれた。コーヒーも美味しいと言って飲んでくれた。

でも、子どもながらにあの表情は分かる。
眉間の皺、への字に曲がった口、2口目がなかなか無いこと。

我慢

おじさんの優しさは今でも忘れない。
これが大人という生き物なのか。

きっと、長靴も履かなければ水たまりにも入らない。寝転ぶなんてモッテノホカだろう。

モッテノホカ

元気かな、おじさん。
もう顔も声も分からないのに、あの温もりだけは心に住み着いている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?