現在を交換し続ける人々
人間とは普段より、何をせずとも未来には漠然とした希望を持ち、今を生きる幸福感を抱けるようではないといけないのだと思う。
何かにとらわれ、焦りや不安が常に頭から離れないようではいけないのだと思う。
明日の事は、どうだとか、1週間後にはどうだとかそう言った事ばかりにとらわれていて良いのだろうか。
決して、何もするなとか、苦しむなとかそういうわけじゃなく、何もない日常であるならばこそ、微々たる幸福感を常に抱けるようでなくてはならないのではないだろうか。
何かを、手に入れなければなし得ない幸福にとらわれていて良いのだろうか。
時間や物質、肩書きといった現代記号を手に入れようとばかりしていて、
それは、本当に人間存在が望める幸福なのだろうか。
交換し、契約し、それは経済であるだけだ。
未来と現在の交換がそれほどまでに強迫的でなくてはならないのだろうか。
生きているということが、本質的に幸せであると言えないのならば、もはや、生きているとさえ言えないのではないか。
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