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今週の詩(鴻雁来)|帰る場所について

おはようございます。詩のソムリエです。
(家のことや体調のことで更新が滞りました、ごめんなさい!)

今週のはじまりは、「鴻雁来こうがんきたる」。春に北へ帰って行った冬鳥が再び日本へやってくる頃です。

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故郷はひとつなのか?

渡り鳥が群れで飛んでいるのを見あげると、「帰る」という動詞が思い浮かぶのはわたしだけでしょうか?
鳥たちに、帰る場所について問いかけられているような気すらします。

「望郷」は、万葉集や漢詩など古来から多く詠まれたテーマ。
昔のほうがずっと帰還率は低かったし、連絡手段も限られていたから引き裂かれる気持ちはなおさらでしょう。今週は望郷の詩の一つ、白居易はっきょい(白楽天とも。772−846)の漢詩をご紹介!

「重題」(白居易)

日高睡足猶慵起  日は高くねむり足りて猶ほ起くるにものうし、
小閣重衾不怕寒  小閣にふすまを重ねて寒きをおそれず。
遺愛寺鐘敧枕聽  遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き、
香爐峰雪撥簾看  香炉峰こうろほうの雪は簾をかかげてる。
匡廬便是逃名地  匡廬は便すなわち是れ名を逃るるの地、
司馬仍爲送老官  司馬はお老を送るの官り。
心泰身寧是歸處  心はやすく身もやすく是れ帰するところ
故郷何獨在長安  故郷 何ぞ独り長安にのみ在らん。

(訳)日はもう高く昇り、十分眠ったのにまだ起きたくない。小さな中二階で布団を重ねているから寒さの心配もなくぬくぬくしている。遺愛寺の鐘の音は枕を傾けて聞き、香炉峰の雪は寝たまま簾を上げて見る。廬山は俗世間の名誉や利益を逃れるための場所であり、司馬官(※現在の職)はやはり老後を送るのんびりした位である。身も心も安らかにいられる所が落ち着く所なのだ。故郷がどうして長安ばかりにあるものか。

清少納言の「香炉峰の雪」エピソードの元ネタにもなったほか、日本でも親しまれている詩です。今で言う「ワーク・ライフ・バランス」を重んじたバランス型官僚の白居易らしい作品。

故郷の定義

私自身は、高校卒業後12年ほど故郷である福岡を離れ、横浜、シアトル、岡山、東京で過ごしました。そして、去年の春から、津屋崎という海辺の町に引っ越し。いま思うのは、『山里のごちそう話ー食・詩・風土再考』(内山節・谷川俊太郎)にあったことばです。

いわく、生まれたり育ったりした場所が「故郷」なのではなく、魂が帰りたがる場所が「故郷」なのだ、と。

白居易の言う「心はやすく身もやすく是れ帰するところ」と近いですね。
故郷とはなんだろう…と10年来考えていたことが、すっと腑に落ちた瞬間でした。

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認知症になった祖母は、ホームに入った頃、「帰る」と毎日言っていました。「夕方になると、みんなどこかへ帰りたがるんですよ」と、職員さん。困ったような笑みを浮かべる彼女の目線の先には、小学生兄弟が自転車を立ちこぎしていました。彼らをオレンジ色に染める夕陽。

みんなどこかへ帰りたがる…

帰りたいというのは本能のようなものであって、「◯年過ごした家」などスペシフィックなものではなく、もっとぼんやりとした、心やすらえる場所へ帰り着きたいという思いなのかもしれません。

ふるさとから遠く離れての心細さは、ふっとしたタイミングで襲います。さみしかったとき、「故郷」に帰りづらかったとき、いろんな場所から、友人たちが「ここだってふるさとなんだからね」「いつでも帰ってきてね」と言ってくれたこと。この詩を読むと、思い出します。
「故郷 何ぞ独り長安にのみ在らん」。

あとがき:藤原定子と清少納言の「魂の帰る場所」

漢詩の意味をふまえたところで、ちょっと『枕草子』の話に戻ります。
第299段「雪のいと高う降りたるを」は、この漢詩を知っていた藤原定子ふじわらのていしと清少納言が「香炉峰こうろほうの雪」という言葉でとっさに通じ合ったエピソード。学校で習ったときには「自慢かい」と鼻につく人もいたかもしれません(わたしもちょっと思った)。
↓なんだったっけ…?な方はこちら!


でも、『枕草子』が「政争の犠牲となった定子の没落という辛い現実を払いのけるように、楽しかった想い出だけを綴った作品」であること、そしてもとの漢詩を踏まえると、何気ない楽しいひとときこそが定子の「魂の帰る場所」だったのかもしれない、と思ったりします。なんだか切ないですね。

清少納言は自慢話をしたかったわけではなく、才気あふれる明るい定子に仕えた日々の一瞬一瞬を書き残すことで、悲劇をたどった定子に「帰る場所」を作ってあげたのかもしれません。

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ちょうど雁が渡ってくる頃に吹く北風は「雁渡し」と呼ばれ、この風が吹き出すと夏も去り、海も空も、青色が冴えてくるので「青北風 (あおきた)」とも呼ばれるそう。最近暑くて夏のようですが、すがすがしい秋はもうすぐそこですね。

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