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【詩を食べる】葬式に行くかたつむりの歌(プレヴェール)/あかるい夏の夕のサラダ

詩を味わうためのレシピです。今日紹介するのは、フランスのプレヴェールによる「葬式に行くかたつむりの歌」。タイトルの通り、「葬式」とあるものの、読んでいくとあかるい夏の夕方があらわれ、軽いビールで乾杯したくなるすてきな詩です。わたしはこの詩を読んで以来、自分の葬式はパステルカラー縛りでいきたいと思っています。
ご賞味ください。

夏にビール片手に読みたい詩

そろそろ海外に行きたいなぁ、と思う。旅にでるとき、ガイドブックはもたずに、素のじぶんをその町にとき放つ。そんなしなやかな旅人力(?)が、落ちている気がするのだ。

海外に行くのはたいてい、夏。アメリカやヨーロッパに行くと、夕方のあかるさに驚かせられる。そして長さに。いつまでもこの時間がつづくような、夢のようなひととき。みじかい夏を楽しもうと、人々はめいめいに精一杯なように見える。

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PHOTO/Green lake, Seattle

そして夏は軽いビールが格別においしい。アメリカ西海岸・シアトルにいた頃、お気に入りの本屋 Couth Buzzard Books のカウンターで夕方によくペール・エールを注文した。グレープフルーツのような苦味の、なみなみとコップに注がれたビールが窓辺の光にゆれて、いつまでもどこにも帰りたくなくて、店長Theoおすすめの詩集をめくった日々。

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PHOTO/Couth Buzzard Books, Seattle

ポルトガルではフランス人のヴァンサンと港に足を投げだして、「これが人生」と笑いながらビールを飲んだ。

夏のあかるさは、刹那であり永遠だ。そんな夕方から夜にかけて軽めのビールを片手に読みたいのは、フランスのジャック・プレヴェール「葬式に行くかたつむりの歌」(小笠原豊樹訳)。ビールも出てくる。

死んだ葉っぱの葬式に
二匹のカタツムリが出かける
黒い殻をかぶり
角には喪章を巻いて
くらがりのなかへ出かける
とてもきれいな秋の夕方
けれども残念 着いたときは
もう春だ

「ひどくがっかり」した二匹のカタツムリ。そこに「おひさま」がカタツムリたちに話しかける。

どうぞ どうぞ
おすわりなさい
よろしかったら
ビールをお飲みなさい
お気が向いたら
パリ行きの観光バスにお乗りなさい
出発は今夜です
ほうぼう見物できますよ
でもわるいことは言わないから
喪服だけはお脱ぎなさい
喪服は白目を黒ずませるし
故人の思い出を
汚します
それは悲しいこと 美しくないこと
色ものに着替えなさい
いのちの色に
するとあらゆるけだものたちが
樹木たちが 植物たちが
いっせいに歌い出す
声を限りに歌い出す
ほんものの生きてる唄を
夏の唄を
そしてみんなはお酒を飲み
そしてみんなは乾杯し
とてもきれいな夕方になる

二匹のカタツムリは、「たいそう感激し、/たいそう幸福なきもちで帰る。」そんな二匹を、「空の高い所では/お月さまが見守っている。」そんなラストでこの美しい歌はおわる。

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秋、葉っぱの死からはじまった歌は、春になり、そして樹木たちの夏の生命のうたへつながる。おおきなスケールで描かれた、生命のほめ歌である。

「とてもきれいな夕方になる」という一文を読むと、しあわせな気分でほろほろと泣ける詩だ。直訳すると「C'est un très joli soir
Un joli soir d'été(それはとても美しい夜、美しい夏の夜)」だけど、「夕方になる」という小笠原訳は、生きた側(かたつむりや樹々)の意志を感じてすてきだ。

ちなみに、シャンソンにもいろんなバージョンがあるけど、Les Frères Jacquesの歌が好き。0:55あたりで太陽がでてくるあたりは陽気で楽しくなる。最後の月の登場はしっとり。

いのちの色に着替えて乾杯しよう

わたしがこの詩を知ったのは、2016年の夏のこと。

ガンで若くして亡くなったいとこのお葬式の頃だった。危篤ときいて飛び乗った新幹線の窓に、黒々とした雲。そして、故人の白装束と喪服。

名前に「月」がつくいとこのお葬式の日は、新月だった。彼女と同い年の姉は、臨月を迎えようとしていた。

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しばらくショックで、忙しく働きつつもボーッとした日々を送っていた。ある日、ふと空を見上げると満月が輝いていて、「新月だったお葬式から、もうそんなにたつの?」とおどろいた。なにか罪悪感のようなものが胸を走った。生きようとして死んだ人と、わたしにどんな差があるのか。白黒のコントラストがチカチカした。

そんな頃、岩波のプレヴェール詩集をめくって飛び込んできたのがこの詩。読みおわった瞬間、わたしの心にあかるい夏がふりそそいだ。

そうだ、いつまでも悲しんでいては、故人の目を黒ずませる。いのちの色(Les couleurs de la vie)に着替えて、ほんものの生きている唄(La vraie chanson vivante)をうたうんだ。

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さわやかな夏のマリネ

この詩からイメージするのは、グレープフルーツの苦味ときららかさ。泣いた後にさっぱりと夕空が広がっているような感じがする。それから、木々をイメージしたアスパラと、かたつむりのクルンとしたフォルムに似ている海老。海老は「長生き」の象徴なので、永遠性もイメージした。それらをさっとマリネして冷やしていただくサラダは、食欲のおちた夏でもさっぱりといただける。

材料
・えび
・グレープフルーツ(ホワイトでもルビーでも)
・アスパラガス
・ケイパーやオリーブの実(あれば)
【調味料】お酢(フルーティなものがおすすめ)、オリーブオイル、塩

作りかた
・えびに塩(重量の1%がめやす)をふり、蒸す。火を通しすぎない。
・アスパラガスはさっとゆで、グレープフルーツは皮を剥く。
・お酢、オリーブオイル、塩でやさしく和え、冷蔵庫でひやす。

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ちなみに今回使ったお酢は、「オリーブ酢」。ボトルをあけた瞬間、豊かなフルーティな香りが広がる。味はまろやかでカドがなく、素材をうまくまとめてくれる。

今回、グレープフルーツを使っているので、玄米酢や黒酢より、フルーツ酢やオリーブ酢はおすすめ。

作者についての私的解説ー地上はときどき美しい

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ジャック・プレヴェール(1900-1977)フランス

▼経歴は?
詩人、映画作家、童話作家。シャンソン『枯葉』や、映画『天井桟敷の人々』のシナリオで有名。自由・反抗・友愛を賛美する作品が多い。


プレヴェールは「枯れ葉」のイメージが強く、なんとなくおしゃれで物悲しい感じ、という雑な印象しかなかった(失礼)。プレヴェール詩集を読むと、なんと平易でわかりやすいことばで、生と死のことを書いているんだろう、とおどろいた。とくにこのかたつむりの詩。

考えてみれば、1900−1977年の人だ。戦争も経験している。最初の詩集刊行は1943年ドイツ軍占領下のランス市で、リセの哲学教師による200部の自費出版だったらしい。2年後、パリ解放直後に出版された詩集『ことば』( Paroles,ガリマール)は数週間で15万部を売りあげ、その後も何度も版を重ねている。

▼地上はときどき美しい

彼の、この詩もすきだ。

「われらの父よ」(一部抜粋)

天にましますわれらの父よ
天にとどまりたまえ
われらは地上にのこります
地上はときどきうつくしい
ニューヨークの不思議
それからパリの不思議

地上の醜さもたくさん知った上で、なおも、「われらは地上にのこります
/地上はときどきうつくしい」…それをさらりと言ってしまうプレヴェールがすきだ。わたしもうれしいことがあったとき、「地上はときどきうつくしい」とつぶやく。



おまけ/この詩にあうビール3選!

①独歩 ピルスナー(宮下酒造さん)
岡山の「独歩」!生きた酵母入りで、ホップ香と苦味の効いたこだわりのビールでおすすめ。

②燦々オーガニックビール(ヤッホーブルーイングさん)
小麦のすこやかさと、爽やかなホップの苦味がおいしい。一時期、箱買いしていたほど。


③よなよなエール(ヤッホーブルーイングさん)
グレープフルーツっぽいしっかりとした苦味でゆったり飲めるペールエール。詩の後半あたりのイメージ。


ここまで読んでくださりありがとうございました。Twitterでも詩についてのこぼれ話をつぶやいています。よかったらのぞいてください。今日もいい一日になりますように。


そのお気持ちだけでもほんとうに飛び上がりたいほどうれしいです!サポートいただけましたら、食材費や詩を旅するプロジェクトに使わせていただきたいと思います。どんな詩を読みたいかお知らせいただければ詩をセレクトします☺️