【お題エッセイ】#006 鉛筆
カリカリ、カリカリ。サラサラ、シャッ。
なめらかな上質紙の上で、よく尖った鉛筆が小気味よく音をたてる。
ああ、この感覚ひさしぶりだと、やってみて初めて気づく。
そういえば、長らく鉛筆でものを書くということをしていなかった。
* * *
今朝訪れた、ある施設の受付カウンターに用意されていたのは、いまどき珍しくボールペンではなくて鉛筆だった。
それも近頃よくアンケートなんかについている、平らなプラスチックの先に鉛筆の芯がついているタイプでもなくて、本当にベーシックな、ザ・鉛筆。
日本人ならば誰もが小学校のときにお世話になったであろう、黄緑色というか深緑色というか……の塗装がされた、あの鉛筆だ。
訪れたのは朝イチだったので、すべての鉛筆の芯は気持ちのよいくらいにピン、と削られていた。いや、正確にはそのことに、書き始めたあとで初めて気がついたのだけれど。
書き始める前は、これから記入する書類の内容ばかりに注目し、筆記用具は深く気にもとめていなかったのだ。書類に目を通しながら、何気なくそこに用意されていた鉛筆を手にとり、記入し始める。
そして初めて、冒頭のような感覚が降りてきて、鉛筆と紙の存在を意識した。
よく尖った芯、ひっかかりのない紙。硬い机の上で、硬い鉛筆の芯が、カリカリサラサラと気持ちよく音をたてる。
この感覚はひさしぶりだ。そしてどこかなつかしい。
音が、動作が、脳内の記憶を呼び起こす。
* * *
最後に必須アイテムとして鉛筆を使っていたのは、いつだったろう。
大学では試験のときもボールペンを指定されていたように記憶しているから、大学受験のとき、つまり高校3年生のときが最後だったかもしれない。
普段の授業ではシャープペンシルを使っていたけれど、試験本番では芯がなくなることを避けるためだったか、それとも何かの指定だったか、とにかく鉛筆を用意していたことを覚えている。
試験開始の合図とともに静まり返った教室に響き渡る、カッカッカッカッ……という鉛筆の音。
受験生の集合体から漂う、ぴりりとした緊張感。冬の張り詰めた空気。試験監督の歩き回る気配。きしむ机や椅子。
そんな記憶たちが、鉛筆、という言葉だけでするすると、連なって呼び戻される。
* * *
鉛筆というキーワードでもうひとつ思い出すのは、小学校4年生のときにお世話になった担任の先生のこと。
当時どのくらいだろう、40代くらいだったであろうか。彼女はハキハキと明るくて、新しいアイデアをどんどんと取り入れてくれる教師で、私は好きだった。
一方で彼女にはいくつか譲れないポリシーもあって、そのひとつが、鉛筆。
当時流行っていたロケット鉛筆(なつかしい!)や、シャープペンシルは原則禁止。彼女のことだから理由もきっと説明してくれたのだろうと思うけれど、残念ながら思い出せない。
今考えてみればただシンプルに、途中で芯が足りなくなったりもせず、書きたいときに確実に書ける、そんな鉛筆が彼女の安心感を支えていたのかもしれない。
シンプル・イズ・ベスト。
当時の彼女の思いとは違うかもしれないけれど、その後いろいろなペンやシャープペンシルを使い込んだ学生時代を経て、今になってみれば、あのシンプルな鉛筆の削ぎ落とされた機能美をなんとなく、理解できるようになった、と思う。
必要最小限の機能だけを持つ美しさ、そして期待される役割を確実に、完璧にこなす職人気質なところ。
そんな頼もしさや美しさを、鉛筆に感じとる。
* * *
たまには、鉛筆をよくよく削って、ものを書いてみようかな。
今でも先の丸まった色鉛筆は色を塗ったり落書きをしたりとよく使うけれど、学校で使っていたような、先のピン、と尖った、かつ一色のベーシックな鉛筆がもたらす気持ちは、書き心地は、音は、またひと味違う。
カリカリ、カリカリ、サラサラ、シャッ。
事務的な書類に黙々と必要事項を記入し、当てはまる欄にシャッ、と丸を書き入れたりしながら。
受付カウンターの片隅で、朝からそんなことを考えていた。
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→【お題エッセイ】#000 お題エッセイ
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