じいじは意外とロマンチスト
突然父がいなくなったと思ったら、庭の物置きの奥をガサゴソやって、小さなクリスマスツリーをひっぱりだしてきたらしい。
ちょっとお父さんそんな、ほこりかぶってそうなもの。いま孫ちゃんはお咳こんこんしているのに、ととがめる母。
孫の笑顔が見たい一心の父と、孫の健康を案じるあまり怒る母。
どちらも孫が大好きすぎるがゆえに生まれる、日々の小さな言い争いは、愛しくさえある。
* * *
娘の体調が悪化して予定の飛行機をキャンセルし、期せずしてクリスマスイブまで実家で過ごすことになった。
結局39度台まで熱のあがった娘は、2度目の小児科受診で変更された薬がきいたのか、ようやく咳と熱が落ち着き、回復してきたようだ。
今日は、ここ4日分の睡眠不足をとりもどすかのようによく眠っている。ほんと、咳で起こされずに眠れるようになって、よかった。あたりまえに眠れることのありがたさよ。
そのかわりなのかなんなのか、マスクと手洗いで死守してきたはずのわたしは喉の違和感と鼻水、鼻づまりという微妙な体調不良に苦しめられている。
そんなわけで、実家の特権をいかしてすきあらばゴロンと横になるという体力回復を試みていたのだけれど、横になっていたら、なにやら冒頭のように父母がやいのやいのやっているようすが聞こえてきたのだ。
“へえ、ツリー出したんだ。っていうか、まだとってあったんだなあ……”
いつもの小競り合いをぼんやりと聞きながら、そんななつかしさにつられて、のそのそと起き上がる。
* * *
見ればダイニングテーブルの上に、小型のツリーが出されていて、父と母、わが娘の3人で結局楽しげにかざりつけをしていた。すでに母も気持ちを切りかえ、協力態勢に転じたようだ。
「ほら、孫ちゃん、サンタさんだねえ」
サンタ、木製のソリやくま、白い馬、星……。深緑色のつんつんしたツリーに、小さな飾りをひとつひとつ、ぶらさげてゆく。雪用の綿はもう汚れていたらしく、母が化粧用のコットンを割いてのせていた。
娘は「だ!む!」などと彼女なりに何かをつぶやきながら、興味津々でツリーを指さして見ている。
ああ、なつかしいな。そういえばこどものころは、1年に1度大きなツリーを出して、飾りつけするの、楽しみだったなあ。
「あれ、もっと大きいツリーなかったっけ?」とつぶやくと、「リビングには床に置く大きいツリー出してたわよ。これは、2階の小窓に飾って、外から見えるようにしてたほう」と母。
そうか、2個もツリーあったのか。なんて、いまさら気づく。
こどものころはそんな意識まったくしていなかったけれど、今考えたらけっこう、父も母もがんばってイベントを盛り上げようと努力していたんだなあ。自分が親になったいま、そんなことにしみじみと感動してしまう。
そうだ。当時はたしかまだカセットテープで、毎年ジングルベルや赤鼻のトナカイが流れていた。なんだかそのベタな雰囲気を思い出してくる。
たしかにその日は特別な雰囲気が漂っていて、ふだんは飲めないジュースなんかも飲めて、クリスマスの歌が流れて、ツリーがあって、ケーキがあって。とにかくわくわくして、早く眠らなきゃと思うほど、どきどきして眠れなかった。そうだった、そうだった。
べつにツリーなんてなくてもよくない?クリスマスだって普通の日じゃない?と思ってしまういまのわたしなのだけれど、あのとき感じた特別な気持ち、わくわく感を思い出すと、娘にもそういう気持ちにこれから出会わせてあげたいような気もしてくる、ちょっと。
* * *
さて、それから30年近い時を経て、“じいじ”となった父は、いまやタブレットを手に、それでもやっぱりクリスマスソングを必死に検索している。
「世間はクリスマスらしいから。孫ちゃんに、クリスマス気分を味わってもらわないと」。世間が、といいながら、だれよりもはりきっている。
でもカセットテープのように、“こども受けど真ん中のかわいらしいクリスマスソング”はなかなか見つけきれないらしい。結局タブレットからは、大人向けのお洒落な洋楽のクリスマスソングが流れていた。そんなところにも時の流れを感じたりして。
そんな父をみながら、ああ、30年近く前も、もしかしたらこうだったのかなあ、なんて思いがふと浮かぶ。
ああ、もしかしたらわたしたちが幼かったころの父も、こんな感じだったのかなあ。とにかく楽しませようと必死で、でもそれはときに母の思いとはちょっとズレていて小競り合いになって、ただ父なりに一生懸命で。
わたしの物心ついてからの、むすっとまじめな父の印象とはかけはなれ、でれでれと孫をかわいがるようすに、そんなことを思う。
* * *
父「ほらあの、パーティセット買う? クリスマスの、チキンとか入ってるやつ」
母「いらないいらない! 孫ちゃんそういうの食べないんだって!」
わたしはそれを、いや、食べないとは言ってない……と思いながら、風邪気味のだるさで叫ぶ気にもなれず横になって聞いている。
結局、夜はすきやきだった。
もともとすきやきは、実家ではだいたい、1月2日の夜に出てくるメニュー。正月は夫方の実家で過ごすから、いいじゃない、と言って、なんだか豪華だった。そんな高い牛肉、ああ買わなくていいのにって思いながら、おいしいねおいしいねと言って遠慮なく食べた。実際とてもおいしかった。
昼頃まではいまいち食欲のもどらなかった娘も、味のついた野菜や豆腐を、こりゃうまいと言わんばかりに、ぱくぱく食べた。ひさびさに本来の食いっぷりを発揮してくれて、ホッとする。
デザートにはいちごまで買ってくれていて、娘はひさしぶりのいちごを見た瞬間、パッと顔を輝かせた。今日いちの笑顔。
電飾をピカピカさせたクリスマスツリーの横で、クリスマスソングを聞きながら食べたのはすきやきだったけれど、とても楽しくてあったかい夜だった。
自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。