療育への扉
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療育への扉

mk

息子が年少クラスに所属していた秋のこと。

突然、そして初めて、園に行きたくないと言い出した。なぜそう思うのか、ゆっくり聞き出してみると、先生におこられるから、と言う。なぜ怒られるのかな、と訊いてみる。すると、おべんとうがつつめないから。あと、タオルを結わけない。なるほど。

というわけで、先生に相談することにした。本人の言葉をやんわりお伝えしたうえで、手先の不器用さを克服するためにうちでできる練習とか、アドバイスもらえませんか、と。そして、役所の相談窓口を紹介されたのである。(とはいっても取り急ぎ、お弁当包みは生地のかたさと大きさを検討し直し、タオルは長さと幅をいろいろ試してダブルガーゼで作成した。結局あまりうまくはいかなかった。)

簡単な検査を受けて結論、療育機関を紹介します、ということだった。仕事柄、支援関係、発達障害関連に興味があったので、渡りに船とばかりにお願いすることにした。そうして月に一度、個別療育を受けることになった。園での困りごとは、手先の不器用さだけではなかったのだな、と初めて気づいた。

療育の場に同席して様子を見せてもらうと、うちではわかり得なかった息子の特性が見えてくる。関心がないことには取り組めない、何とか気を引いて始めたことには集中が続かない、指先に力が入らないので鉛筆を握ることが難しい。一方で、好きなやり方、得意な道筋も示してもらうことができた。黙ってただ先生と息子の様子を眺めていて、果てしないやり取り(の失敗)に気が遠くなりそうなこともあれば、新しい気づきにはっとすることもあった。

好きなことを通じて人と関係を結び、その信頼する人を通じて新しいことに挑戦する…という循環を作る。やりたくないことがあったとき、黙って逃亡するではなく、やりたくないよと言葉で伝える。誰となら、これくらいなら、やってみようという同意を取り付け、少しずつできることを増やしていく。当たり前のようでいて、うっかり飛ばしてしまいそうなワンステップだ。また、見通しを持たせることの大切さも教えてもらった。(見通し、それはただ予定を先に伝えておくということではないと知って、目から鱗がぼろっと落ちた。)

個別療育を始めて翌春からは、保育園等訪問支援もお願いした。園での様子、活動の中で難しいことできていること、対策方法等々、電話で報告してもらう。園の先生たちも協力的で、息子の気持ちを丁寧に聞いてくれ、活動の参加について柔軟に対応してくれるようになった。息子は卒園まで、行き渋ることなく登園することができた。

その療育センターには3年弱通ったが、息子本人の成長だけでなく、保護者である私たちの心の整理をたすけてもらった。特性について、適格で適切な説明ができるよう理解を促し、深めてもらったと思う。…その年の頃にわかり得る限りでの説明であるということも含めて…。

結論として今思うことは、専門家の方々の力をお借りすることを躊躇しない。助けてもらいながら学び、よりよく生きていけるように工夫し続けることが大事ということ。どの子ものびのび大きくなっていけるような社会を作りたいと思う。


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mk
書くことに慣れたいです。 詩を書きます。 ですが、圧倒的に書く量も読む量も足りていないことを反省し、少しでも現状を改善できたらと思っています。