施設への愚痴のようなもの
8月になった。なってしまった。あと3ヶ月で飛び降りてから1年が経つ。
死ぬことが許されないなら、生きている実感が欲しい。ある程度、望む通りに生かして欲しい。
そう思いながら、施設での生活が精神と時の部屋にいるかの如く長く長くゆっくりと過ぎていく。
"ある程度、望む通りに生かして欲しい"と言ったが、施設での生活の中で若干の要望を出している。
ひとつは、薬のこと。
持病の投薬で、食前薬と食後薬を服用している。朝食は自室でとっている為、薬は睡眠前に眠剤と共に渡される。
はずだった。
毎晩20時くらいに睡眠薬と食"前"薬のみ渡され、食後に服用する薬は翌朝8:30ぐらいに職員が持ってくる。
とても面倒くさい。
向こうも仕事でやっているので、部屋に来ることになんら文句を言うつもりはない。だが、朝は完全に自分ひとりでゆっくり過ごせる唯一の時間。正直誰にも会いたくない。人を対応できる余裕が無い。元気にハツラツと大声でおはようございます!お薬お持ちしました!と挨拶しながらドアをノックされると、逆に陰鬱な気分になる。それだけですごく疲れる。
何よりも、私は3〜4回ほど「眠剤・食前薬といっしょに食後薬も渡して欲しい」と希望を出している。都度わかりました、言っておきます。とスタッフは職員間で共有することを仄めかし、会話が終わる。
それで終わる。その通りになった事がない。
百歩譲って、例えば朝の調子の確認とか、寝過ぎているのを防止する為とか、そういう理由で薬を渡す時間を分けているとかなら、そう言って欲しい。
こちらから要望を出してから、できるともできないともハッキリ明言されることはなく、なあなあで片付けられるのが気持ち悪い。
では「希望が通るまで、もしくは何かしらの回答がもらえるまで何度も言えばいいのでは?」と思うのが当たり前だと思う。
しかし、もうこの施設の人に何を言っても仕方ない。そう思ったのが、ふたつめに出した要望が通らなかった事を受けてである。
ふたつめに出した要望は、食事の米の量について。
半年間の入院生活で、私の胃は元々の容量の半分以下になった。入院中、一度昼食を外で食べることになったのだが、うどん屋のごく普通の並がフードファイトのように感じた。なんとか完食をしたが、翌日の夜までずっと満腹感が続いた。
そんな胃の容量で施設に来てからというもの、出される食事の量に圧倒されていた。
なんとか主菜・副菜と汁物は食べられるものの、米が異常に多い。きっと普通に盛っているのだろうが、今の私には漫画のような大盛りに感じた。だが、幼い頃から"出された食事は食べ切る"教育をされていたのもあって、毎回無理をして食べ切った。そしてその後吐いている。
唯一、少し話せる職員に「米の量がキツいけど、米が勿体無いから無理して食べている」と言ったところ「ぜんぜん減らせるよ〜!」と返ってきた。事実、その話をした夕食の米の量は、いつもの半分程になっていた。しかも、利用者の名前が書かれたプレートに、私のところは"毎食米半量"と追記されていて、職員間でも共有されている。
これで吐かなくて済む、と思ったのはその日を含めて2日だけだった。
翌日からは普通に漫画盛りの米が出され、怪訝にに思っていると、ある職員が「食べきれなかったら残してくださいね、ハイハイ」と言って去っていった。
どういうことだ。
私は残すのが勿体無いから、無理して食べているのに。それを伝えたはずなのに。食べ切れなかったら残せと。
利用者ひとりひとりに構っている時間は無いということなのだろうか。それとも、後期高齢者がメインの利用者層で手一杯なのに、20代の希望など聞いてられないということなのだろうか。
依然、プレートには"毎食米半量"と書かれてはいた。
これも、できないならできない理由が欲しい。といっても、米の量を減らす事に関しては、薬の云々より何倍も簡単な、その場で希望通りにするだけの話だと思うのだが。
これら以外にも、希望や要望を出しても返答がなあなあな事が多く"何を言っても仕方ない"と思わざるを得ない。
この生活があと何年続くのか、今から絶望している。
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