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53. そもそもビッグバンド形式の楽団が日本のジャズであり歌謡曲であったという事実の再確認。Pink Martini & Saori Yuki 『1969』

先日、故八代亜紀氏に関する記事を書いたが、そこで思い出したのが、2011年に世界的にヒットしたアルバム、Pink Martini & Saori Yuki の『1969』であった。これがビルボード等のジャズチャートでトップを取ったのは、これが世界的にはある意味新鮮だったからであろう。しかし、タイトルにある「1969」という年が示しているように、むしろ日本人には懐かしいサウンドである。そう、かつての日本の歌手は皆、ビッグバンド形式の「楽団」の前で歌っていたのであり、朝ドラ『ブギウギ』でも描かれているように、各レコード会社はもちろん、演奏会場=クラブでも、それぞれのクラブが自前の楽団を抱えていたのである。そしてその楽団員がそのスタイルの手本としていたのは決してクラシックではなくジャズ、ビッグバンド時代のジャズであり、演歌も含む歌謡曲もその流れの下で生まれてきたのである。

演歌なり歌謡曲の衰退とビッグバンドスタイルの楽団の衰退・解体が重なっているのは決して偶然ではない。演歌・歌謡曲というのはビッグバンド形式の楽団があってこそ成立していたジャンルなのであるのだから。さらに言えば、日本最後の歌謡曲の歌姫と言っていい中森明菜氏が表舞台から姿を消していったのも、それと関係ないとは言い切れないだろう。「ザ・ベストテン」しかり「夜のヒットスタジオ」しかり、彼女は常にビッグバンドの前の演奏で歌ってきた(というかその時代の音楽番組は「生演奏」であることにこだわっていた)。しかし、その後の世代の浜崎あゆみや安室奈美恵となるとそうではない。彼女達はもはやカラオケでも十分歌えるのである。

そしてこの「1969」という年は「ジャズを終わらせた」とも言われるビートルズがあの伝説のルーフトップライブを行い、事実上その活動に終止符を打った年でもある。実際は、その数年前からビートルズは生演奏を行わないレコーディング・アーティストとなっていたわけだが、ビートルズの出現と解散は音楽界的には二つの分岐点となっていたと言えよう。出現時においてビートルズは4人組のバンドでも十分パフォーマンスできるということを示し、そして解散前の数年間にはその更なる進化形を示した。バンドでは再現できない「サウンド」というもの、レコーディングにおける様々な機材を逆回転なども含む様々な形で使ってでないと再現できない演奏スタイル(というかもはやこうなると「演奏」とは言えないが)というものを作り出したのである。前者は当然バンドサウンドという形で今でも続いているし、後者はテクノや電子音楽という形となって現在も続いている。しかし、というかだからこそ消えていったのがこのビッグバンドスタイル、ジャズにその出自を持つオーケストラではないビッグバンドというスタイルだったのである。もちろん日本では(というか海外でも)その後十数年はそのスタイルは生き残り続けるわけだが、このアルバムが発表された2011年には既に過去のものとなっており、だからこそこのアルバムは「新しい」ものとして評価された、と言えよう。しかしおそらくSaori Yuki氏こと由紀さおり氏にとっては「えっ、なんで」という感じであっただろう。故八代亜紀氏同様、彼女も、ビッグバンド時代にその歌と腕を磨いてきた歌手だからである。さらに言えば由紀さおり氏も八代亜紀氏も単なるアーティスト(=歌手)ではなく芸能人であり、お笑いの仕事も含む芸能の仕事もしっかりとこなしていた人たちである(特に由紀さおり氏と故志村けん氏との掛け合いは絶品!)。与えられた場で最高の仕事をする、というのがこの時代の「芸能人」の態度というか心がけであったと言えよう。場に対して何ら文句は言わないが、しかし、その「場」には一流のビッグバンドがおり、一流のエンターテイナー(ドリフであり、クレージーキャッツであり、当時の関西の芸人さんであり)がいるのが当たり前というか前提だったからである(ちなみに森田芳光監督の代表作『家族ゲーム』でも母親役を見事に演じていたりもする)。

と、とにかくこのアルバム、ビッグバンド世代にとっては懐かしさと、これこそ歌、これこそ「歌謡曲」という思いを感じさせてくれると同時に、それ以降の世代には、新しさと生バンドによる演奏の凄み、というものを感じさせてくれるものである。そしてその意味で歴史に残る作品と言えるであろう。しかもタイトルが日本でも学生運動がピークであった「1969」であり、発表されたのが「2011」年という、これも一つの日本の転回点であった東日本大震災の年であることにも注目したい。ここから10年以上が経過した今、我々は変わったのか、変わっていないのか、あるいは時代を繰り返しているだけなのか、それを自分自身に問い、確認する意味でも、とにかく各世代に改めて聞いてもらいたいお薦めのアルバムである。





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