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認知症疑惑、さらに高まる

父の入院前日。
姉が実家に行き、入院に必要な荷物をかばんに詰めた。パジャマ、下着類、洗面グッズ、スリッパなど。今回の入院は1週間ぐらいと言われていたので、その分の荷物をかばんにギュウギュウに詰める。母が着替えの洗濯のために、家と病院の往復をしないように済むためにだ。

そしてそれをわたしが受け取り、入院当日の朝に病院へ運んだ。父と母は入院手続きのために午前中に到着することになっている。わたしは仕事の関係で一度病院を去り、午後に再びくることにした。

そしてその午後。
入院手続きはすでに終わったらしく、母は帰宅。父は病室へ移動しベッドの上でうとうとしていた。父に「どうよ」と声をかけると、「おう」と言ったきり。父はベッドの上で目を閉じ、再び昼寝をしはじめた。

今日はもうなにもすることないな。父と話すことはないし。もう帰ろうかな。

5分も経たずとも、わたしはこの場を離れたい衝動にかられた。狭い病室に父と閉じ込められると、父と会話をしなければいけないという圧迫感に息苦しくなるから。父と何を話していいのか、何を聞いていいのかわからないから。

どちらかというとわたしは自分から話すほうではない。仕事では話はできるし、仕事相手にもクライアントにも普通に会話はできる。それは、仕事をすすめるために聞くことは決まっているし、そもそも聞かなければコトはすすまないからだ。仕事はゴールを与えられるからこそ、会話ができる。

でも、父とは会話をしようとも続かない。これは認知症の疑いがある前からだ。

父から出る言葉は「お前、部屋を片付けろよ」「早く帰ってこいよ」「○○しろよ」という命令口調ばかり。学校で起きたことも、自分が悩んでいることがあっても父には話すことはなかった。父に答えを求めても答えはでないから、という諦め。それが長年積み重なってしまったから父との会話には窮屈でしかならなかった。

よし、帰ろう。そう思ったときに看護師が父のベットをチェックしにきた。わたしがいることに気がつくと、むすめさんですか? お父様のことお伝えしてよいですか?と声をかけてきた。病室から廊下に移動し、看護師の話を聞いた。

「お父様は血糖値が異常に高い日が続いているため、その安定と原因を見つけるために今回は入院していただいています。今日のお昼をみた限りですが、お父様はインシュリン注射をきちんとうてていらっしゃっていません。このことで、血糖値が高くなっているようです」

インシュリンが打てていない? どういうことでしょうか?

「インシュリン注射はお腹に刺すものです。ですが、同じ箇所に刺し続けているとそのお腹の箇所が固くなってきて、針を刺してもインシュリンが体内にはいらなくなります。その同じ箇所に刺し続けていらっしゃるようです」

え? 父は注射を打つ箇所は、毎回変えていると思いますが。少なくとも同居しているときはそうでした。

「注射の打ち方にも問題があります。インシュリン注射針を刺してから10秒ほど刺したままにしておく必要があります。ですが、お父様は刺したらすぐに針を抜いてしまっています。これはインシュリンが体外に漏れていることを意味します」

こう説明をしたあとに、看護師は続けた。「何度か同じような注意はわたくしどもでしているのですが」

何度か続いている? 父は覚えていないということか? ふと疑問に思ったので、「父はひょっとしたら認知症の疑いもあるのですが」と聞いた。即座に看護師は、ああ、と納得した様子でいった。

「糖尿病の方は、認知症になりやすいんですよね。その可能性があるならば、注射は、お父様ではなくご家族様にやっていただいたほうがいいですね」

父の認知症疑惑がさらに高まった。


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