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優しい豪傑

今の施設に勤め出して2~3日は、施設内をウロウロしていた。建て増しの変わった構造をしているので、勤め始めの頃は、今自分がどこに居るのかさえ分からなくてイライラしていた。

もう一つは「喫煙所はないだろうな~。」と思いつつ、あちらこちら探していたのだ。どこにもない。(と思っていた。)

職員一人に付き一つ与えられているマスターキーで、あらゆるところの扉を開けて探検していた。

しばらくは昼休みになると駅まで吸いに行っていたが、数日後、とうとう見つけてしまった。かなり奥まったところの地下、しかし青空へと吹き抜ける場所にそれがあったのだ。

ビックリしたのは、そこに大勢の人がいたこと。何せ長ベンチが3つもあって大きな二つの灰皿を円形に囲んでいる。今時珍しい企業だなあと思った。

「お疲れさまです~。」と頭を下げつつベンチに座った。

知らない人ばかりだけど、事務の職員さんと思わしき女性が席を詰めて下さったからだ。恰幅が良くて多分私より年上。その場に居る大勢の人たちの態度から察するに間違いなく古株か偉い人か?もしくは、その両方か?(答えは両方だった。)

その時の私は、「無いだろうなあ~」と思っていた喫煙所を見つけた喜びと一刻も早く吸いたい!という衝動と「うわ。知らない人が沢山居る。」という驚きとで心が忙しかったのだが、とりあえず一本吸おうとした。ええ、もう、とにかく。

が、Zippoのオイルが切れていたので、シュボッ!シュボッ!カチカチ!。そして火がつかない。
何と言うことだ!こんなところまで来て、やっと吸えるかと思ったのに火がつかないなんて!

と、その時、一人の介護職員さんが「どうぞ、どうぞ。」とライターを差し出して下さった。もちろん知らない人。

そして、次の瞬間、先ほど私に席を開けて下さった恰幅の良い女性が、ご自身の方にある灰皿を足で蹴って私に近づけた。ドカッ!と。もちろんこの人も知らない人である。当時は。

それは良いのだけど、その時の私は、何と、自分の方に近づけられた灰皿を瞬時に蹴り返してしまったのである。ドカッ!と。

反射である。傍から見ると、ただの喧嘩である。

蹴り返している途中で、「あ、何やってんの。乱暴ながらも私に届くように寄せてくれたという意味なのに!」と気が付いているのだが、反射である。

一同がギョッとするのと「うわお!」と私が大声を出すのと同時だった。

灰皿を隣に蹴り返しながら、自分の行動に「うわお!」と声が出たのだのだった。
「こっちに寄せて下さったんですよね!ごめんなさい!癖が悪くて!もうー、本当に!反射です!反射!」と自分の膝を「こいつめ!」と叩いたら、それまで強張っていた面々の顔が、一人二人とほどけて行き、爆笑に変わった。

「ずいぶん外見と違う人だね。」と笑って下さった。

「っていうか、よく初対面でTさんの真意が分かりましたね。」と、よく分からないことで褒められた。

そこから一か月半。
あいかわらずTさんは昔で言う「番長」みたいな女性なのだが、とてもシャイな人なのだということが分かった。
実際に色々と実権を握っていて、仕事上は本当に怖い人なのかも知れない。
綺麗ごと抜きの本音しか言わないし、どちらかというと口も悪い。
気取らないけれど、どこか誇り高い。

同じ現場で仕事をしているわけでなく、喫煙所でしか会わないのだけど、やがて色々な話をするようになって行った。

Tさんは、その身振りや言葉使いとは裏腹に、春の雨のように優しく高齢者のことを思うケアマネージャーなのだということが分かって来た。

よくTさんが「人ってほんとに見かけに寄らないよね。」と私に言う。「ここは、皆、強くてきついからさ。初日は心配だなと遠くから思っていたんだよ。」と。

強くてきつくなるのは、多分皆さん必死にやっている証拠。一生懸命でなければ腹も立たない。

「ところが、たいした玉だよね。ほんとに人は見かけに・・・・」と、あまりに何度も繰り返すので、「その言葉、そっくりそのままお返しします!」と口をついて出た。

爆笑されたのだが、よくよく考えてみると、Tさんの場合は最初の怖そうなイメージが、実は優しくて暖かい人ということで落ち着いている。いいよな、それ。
その逆はどうしたら良いんだろう。

まあ、いいか。
とにかく、Tさんというのは、やり手の女ケアマネージャー。猫好きの優しい豪傑だった。
人は、話してみなければ分からない。

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