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溶けないアイス

面会を、面会を許可して欲しいんです。と、施設の会議で嘆願するのはこれで何回目か。

もう余命いくばくもない方を前にして、感染リスクも何もあったものじゃない。ましてやもう1年以上ご家族に会えていないのだから。

ただし、検温・消毒を済ますのはもちろんのこと、真っすぐに、ただ真っすぐに、ベッドに向かいますから。ひたすら真っすぐにお母さんの元へご案内してドアを閉め、カーテンで仕切り、決して他の人とは接触しませんから。

直接面会の手前に窓越し面会ってステップがあるだろう?いや、ダメです。会わせて下さい。だって、もう車椅子に抱き上げても座位を保てないのだから。

そして、その娘さんご夫婦と共に企てたことがあった。

お母さんは、アイスクリームが大好きで大好きで、よく家族みんなで食べたそうだ。そして、いつもお母さんが1番最初にペロリと食べ終わっていたのだと。

「また皆でアイスクリーム、食べようか。」

まだ車椅子に座れる頃のオンライン面会でipadの向こうからそう仰っていた。それはいい!面会しましょう。

そう言った後に、心の中でつぶやいた。”早い方が良いです。急いだ方が良いです。”

しかし、ここのところ数日、お母さんは傾眠がちだった。病院ではあまり目にしない光景だけれど、極力その人らしく日々を送って来た人たちは、どこか痛むわけでなく、嘘みたいに穏やかに、少しづつ睡眠時間が長くなっていき、やがて静かに眠るように旅立つ。

ああ、本当に済まないことをした。あれこれ迷っている間に、覚醒した状態で面会できなくなってしまったんだろうか。

ベッドサイドに設けた椅子に腰かけ、娘さんご夫婦が代わる代わる「お母さん、お母さん。」と声をかけてもスヤスヤ眠るばかり。

でも、ある瞬間「お母さん、アイスが溶けちゃうよ。」と娘さんが呟いた時点で、いきなりぱパチッ!と目が開いたので皆で「あ!」とビックリした。

そして、ニッコリ笑って「あっらあーー。もう、何なの?」と小さな声。眉を寄せて困り顔で笑った。その可愛いことと言ったら。

娘さんは手が震えている。ビックリしたからか悲しいからなのか、それとも嬉しいからなのか、いや、多分全部だ。震える手でアイスの蓋を開けて、スプーンですくって口元へ運ぶ。

少しドキドキした。最近はほとんど何も食べてくれなくて「もう要らないの。」なんて言って眠ってばかりだったから。カーテンの向こう側には咽込んだときのための吸引機もひそかにスタンバイさせている。

そんな思いとは裏腹に、お母さんは大きな口を開けてアイスを食べた。次々と食べて、あっという間に無くなった。

そして「ほほほほ、あははは」と小さな声で笑って、娘さんたち夫婦が何を言っても終始笑っていた。

夢みたいな時間だった。夢みたいに幸せな時間は、アイスが溶けるかのようにあっという間に過ぎ去った。

「それじゃあね。お母さん、また来るね。」と娘さんが言う。

その時、病床から娘さんを見上げるその顔が真剣な面持ちになり

「どうしてよ?」

と仰ったのでドキッとした。固まったのは娘さんだけじゃない。

帰らなければならない娘さんを責めるのだろうか?でも、そんな気持ちになっても無理もない。でも、娘さんは辛いだろうなあ・・・。

でも、言いたいのはそういうことではなくて、責めたいわけでもなくて、ハッキリとこう仰った。「どうしてよ?!」

「どうしてチョコのアイスじゃなかったの?」

一瞬シーンとなり、どっと笑った。

必死で笑いをこらえていた私は、何故だか代わりに涙が出て止まらなくなった。

「そ、そ、そうだったわね。お母さん、チョコが好きだったわよね。ごめんなさいね。今度はチョコにするわ。」

昏睡間際だった人が家族(?)の来訪でパチッと目を覚ます。何一つ食べなくなった人が凄い勢いでアイスを食べる。医学では測り知れないことが沢山ある。

それにしても、余命いくばくもないからと面会許可を貰ったのに、どうしよう、この展開。泣きながら一瞬混乱してしまったが、意を決した。

じゃあ、次はチョコレートアイスで面会ですね。

そして、これが永遠に続いて欲しい。

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