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いつも誰かがそうしてくれた(私たちも)

老人ホームのフロアの廊下。

車椅子に乗った老婦人がずっとそこに居る。

他の仕事でバタバタしていたが、通りかかる度にそこに居るので「大丈夫ですか?何かお待ちですか?」と訊いてみると「お金を取られた。銀行に行かないと。」と。

身体がフルフルと震えているのだ。

相談員と外出する約束をしているかも知れないと考えて、他のナースに訊いてみると「あ、あの人はいつもそう。物盗られ妄想があるから。」とのこと。

が、春になって気温が上がって来たとは言え、寒々しい殺風景な廊下に立ち尽くしている感がたまらない。(実際には立っているわけじゃなくて車椅子に座っているけど。)

時間が出来たので少し話を聴いてみたくなった。

で、彼女が仰っていることと言えば『毎月お金がなくなっていく。盗られているから。』と繰り返し繰り返し同じこと。

それで質問を変えてみた。お金がなくなると誰でも困ると思うんですが、Kさんが一番困るのはどんなこと?

『・・・・・・・・。えーと、食べるところや住むところは無くなることよね?やっぱり。』

それならば、大丈夫ですよ。ベッドが確保してあるし、食事も3食出ますし、お風呂も時間になればご案内します。ずーっとです。

『なんで、ずっと?』

既にお金を支払って下さっているからですよ。

『え?盗られたんじゃないってこと?』

少し意味合いが違うのかも知れないが、嘘ではないので「はい。」と答える。

『盗られたんじゃなくて払った。払っている。』

はい。

『あー!良かったあ!』

と、1時間くらいするとまた忘れて同じ場所に戻って来られるのだが、上記のやり取りを5回ほどやったかな?

無駄なのだろうか?いいや、そんなことはない。

6回目、7回目あたりからは、雰囲気や空気感で思い出してくれる。10あったやり取りが3回くらいで済むようになり、それもまったく同じように正直に答えるうちに、やがては会釈するだけでニコニコしてくれる。

段々段々、安心したり信頼したりしてくれるようになる。もしかしたらまた明日も1からスタートかも知れないけれど、大抵はそうはならない。

眠れる、食べれる、場所や人を理解する。

それには、回数と時間とステップが必要だ。かつて生まれ出でた私たち、挫折して何もかもが信じられなくなってまた安心を思い出した私たち。

段々震えが止まって、目に輝きと安らぎが戻って来る。

そのステップを飛ばす考えの人々は、この限りではないけれど。

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