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拝啓 白ちゃん

「Ohzaちゃん、夕べ、寝ている時に『白ちゃん?来たの?』って言ってたよ。」

え?覚えてない。ほんと?

覚えていないし、それに関連する夢を見たわけでもないのでビックリした。

白ちゃんと言うのは、以前借りていた事務所に住み着いていた白い猫のことだ。

出会った時には、既に推定年齢20歳以上にはなっていた。(これは、白ちゃんを古くから知るその地域の人の情報による。)

当時、カウンセリング事務所を移転するにあたって選んだマンションの3階へと、引っ越し作業をしていた。

私は、車から荷物を運び込もうとする玄関前で、ふとしたことで後ろを振り返った。なんか、後ろから、誰かが来る!という気がしたのと、通り過ぎた風景の一角が白く明るく輝いているかのように見えたからだった。確かあれは2010年頃のことだった。いや、2009年だったか?

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白い大きな猫だった。いや、最初は灰色の猫かと思った。大きいけれど、うす汚れて痩せていて、毛がパサパサだった。

しかし、野良さんと思うには品格があり過ぎていて、かと言って飼い猫か?と判断するには、あまりに野性的な表情だった。

その猫が、荷物を運びこむために1階と3階を行ったり来たりする私の後を、終始ついて来るので「どしたの?誰なの?あなた。どこの子?」と不思議に思った。

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しかも、私が部屋に入ると普通に一緒に入って来てくつろいでいた。最初から。

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私の前にここにお住まいだった人が飼っていたのかな?と思って大家さんに訊いてみると、「ううん。違うの。動物は禁止なの。それに私自身も動物が苦手なのよね。でも、20年前にある時ふと現れて、それから何て言うか・・・。この子と”マンションの廊下だけは居ても良いよ”という約束をしているのよ。暑さ寒さを防ぐために少しは足しになるかなあ?と。でも、この子、部屋に入って来たの?」

白ちゃんは”マンションの廊下猫”だったらしい。でも、20年間、誰の部屋にも上がり込むこともなく、基本的には野良さんだが、時々現れてはマンションの廊下の片隅で休んでいたり、マンションの周辺を気ままに散歩しているという地域猫でもあったそうだ。

ところが、毎日3階にある私の事務所へ通って来るようになった。カリッ!カリッ!カリッ!とノックをするし、それに気が付かなければ『にゃおおおーーん!(開けろ!)』と叫ぶ。

どうして、それまで他の人の部屋には住み着かなかったのだろうか?それは定かでない。

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夜になって仕事が終わり、事務所を後にしなければならない場面では、毎日『外に出て下さい。帰りますよ。』とお願いして鍵を閉めていたが、やがて、秋が来て、冬が来ると、冷たい廊下に出すのが忍びなくなり、とうとう、ドアに小さな箱を挟んで帰るようになった。白ちゃん用のベッドも作った。アンカも入れた。

『白ちゃん、好きなだけ事務所で憩って、好きな時に外に行けば良い。』

もはや、カウンセリング事務所は、白ちゃんの大きな猫小屋と化した。

白ちゃんは、言葉の通り自由に過ごしてくれた。事務所に行くと、ソファーや椅子で寝ていることもあれば、外から階段を上って来て、するりと部屋に入って来ることもあった。

事務所に出勤して、姿が見えないと「あれ?今日は来ないなあ?」と気になったし、クライアントさんまで『あれ。今日はタイミング悪いなあ。白ちゃんには会えませんかね。』と寂しそうにしていたが。

おそらくは公園で遊んだり昼寝をしていたのだろう。身体中に草の実や、何かのお花の花びらをいーーーっぱいくっ付けて帰って来たりしていた。

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今思えば、マンションの同じ階の人たちは、最初はうちの一室を不気味に思ったことだろう。何せ、主が居なくなってからも一晩中ドアに箱が添えられ開いているのだから。現代の都会では考えられないことだ。

白ちゃんは、想像通りお風呂は無理だったが、ブラッシングを喜んだ。動物用のウエットティッシュでわしゃわしゃと拭いた後、ブラッシングを毎日かけているうちに、真っ白で艶々の白猫になった。

そして、カウンセリング中は、同じ空間でクライアントさんの話に、一緒に、じっと耳を傾けていた。そう見える、というより実際そうだったように思う。本当に人様の辛い話を一生懸命聴いてくれていた。

クライアントさんが泣いていると、白いちょこんとした猫手で、何と、クライアントさんの頭を撫でたりもしていた。クライアントさんたちも白ちゃんを愛してくれた。『神様みたいな子ですね。』と。

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白ちゃんは、私たちがお茶をしていると、よく自分もテーブルの上で水を飲みたがった。

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2年、3年と月日が流れて行った。

色々なことがあった。

足を怪我して帰って来た時には、泣きながら動物病院に連れて行き、待合室での私は、看護師のくせにオロオロと涙を止められなかった。

白ちゃんは共に暮らし、共に仕事をしてくれた。いったい何故だったのだろう。

しかし、別れの時が来た。

白くて大きな命は、周辺の人間たち皆に気を使い、誰もを許し、誰をも愛し、この世を去った。

この時代のことを、今でも私は、なかなか言葉にすることが出来ない。つら過ぎて、まだ上手く話せない。

けれども、Kちゃんには、少しだけ話したことがあった。それには理由があった。

Kちゃんと出会ったのは、白ちゃんが他界してから何年も経ってからだった。

だから、もちろん、Kちゃんは、白ちゃんに会ったことがない。

それなのに、当時、Kちゃんの幼い娘さんが『ねえ、Ohzaちゃんと一緒にいる白ちゃんだけどさあ・・・』と、普通に言ってくるという話を聴いたからだ。もちろん、娘さんだって白ちゃんのことを知らないはず。

ドキッとした。それで、Kちゃんが私に『白ちゃんって誰?子供にしか見えない幽霊?』と訊いて来たもんだから、ビックリして、まだまだ立ち直っていないヒリヒリした心で、白ちゃんの話をしたのだった。

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ああ、そう言えば、白ちゃん他界後に、新規のクライアントさんが連れて来たお子さんもまた、おうちに帰った後、お母さんに白ちゃんの話をしていることがあったそうだ。その子も白ちゃんに会ったことがないのに。時期がずれているのに。子供って不思議だなあ。

色々なことがあった。不思議というより夢のようだ。

しかし、白ちゃんは確かに実在していた。

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「夕べ、寝ている時に”白ちゃん、来たの?”と言ってたよ。」

Kちゃんにそう言われただけで、頭の中に沢山の思い出が駆け巡る。

そして、「あ!」と声をあげてしまった。

Kちゃんの顔からそれを、そっと摘み取ると、それは白ちゃんの毛だった。よく見ると、2本、3本。4本目は鏡を見ながらKちゃんが自分で取った。短くて、少ーーーしだけ毛先が銀色になっている細くて柔らかい毛。

テーブルの上に並べて「きっと、本当に来たんだねえ。」とKちゃんが言った。

何故来たのか、その理由は分からない。思えば出会ったときも、全てが何故なのか分からなかった。

でも、その時、2人で静まり帰った部屋で、かすかに、でも、確かに。

”ゴロゴロ、グルグル、ゴロゴロゴロ・・・”と、嬉しそうな、満たされているときの白ちゃんの声を聴いた。

まだ悲しいけれど、何だかちょっとだけ、幸せな気持ちになれた。

拝啓 美しくて可愛くて、カッコよかった白ちゃん。

とても優しくて強かった白ちゃん。

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どうしていますか?

私は、大丈夫ですよ。元気にやっています。

何度も言うけど、その節は、ありがとう。

何度も言うけど、あなたのことが大好きです。

これからも ずっと。

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