大成功した低予算の傑作SF映画[2選]
こんばんは ぷらねったです
低予算にも関わらず 興行的大成功をもたらした とある監督による2つの映画
今回は「低予算にも関わらず 大成功したSF映画」というテーマで そんな作品について詳しく紹介していきます
1.シーバース (1975年)
監督は デヴィッド・クローネンバーグ
製作費は約18万カナダドル ※現在で言えばおよそ70万ドル
それに対する興行収入は 推定約500万カナダドル
カナダの鬼才が 初めて商業用映画 いわゆる娯楽作品に挑んだSFホラー映画です
広告費などを除いた単純計算で 約482万カナダドルの利益を生みだしました
当時のカナダドルの相場は ドルの約3分の2の価値だったようです
舞台は カナダのモントリオール郊外にある複合型住居"スターライナー・タワー"
その一室で エミール・ホッブス医師が アナベルという名の若い女性を殺害する事件が発生
実はホッブス医師は『人間の内臓の代替品』として 寄生虫を研究していた人物でした
その寄生虫は人から人へ移っていき 住民は次々と支配され 彼らは仲間を増やしていく...というストーリーです
デヴィッド・クローネンバーグ監督にとって 長編映画3作目であり 当時の日本では劇場未公開の作品です
海外でも 国によって何度もタイトルが変えられたりしている本作品ですが 日本でもさまざまなタイトルが付けられており『デビッド・クローネンバーグのシーバース』,『SF人喰い生物の島/謎の生命体大襲来』,『恐怖の人喰い生物』などの名称が存在します
原題の『Shivers』とは『身震い』や『悪寒』などの意味をもちますが そんな本作品は スターライナー・タワーの設備について解説するナレーションと共に映しだされる センス抜群のオープニングから始まります
開始5分でいきなり1名が殺され 謎めいた雰囲気で物語は進行していくのです
この物語の舞台になるのは モントリオール郊外のスターライナー島にそびえ立つ"スターライナー・タワー"と呼ばれる 複合型マンションのような建物です
各部屋には施設内の連絡にも使える電話が付いていて 入り口には銃をもった警備員も配置されています
その他 レストラン・雑貨店・ドラッグストア・肉屋・診療所・プール・駐車場・ゴルフコース・テニスコートまで...住民の生活は ここで完結できるようになっているのです
実際の施設は ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエという ドイツ生まれの近代建築の巨匠が設計した建物になっています
いわゆる"身体乗っ取り型エイリアン"的な内容の物語になっている本作品ですが やはり大きな見どころは ラスト10分 ゾンビ映画さながらのシーンです
デヴィッドクローネンバーグ監督自身も 実はこのあたりのシーンでは感染者の一人として出演しているそうです
また 感染者たちがプールに飛び込むシーンがありますが このシーンでは多くのスタッフが服を脱ぎ プールへ飛び込んだといいます
狂ったシーンの連続に対して 出演者たちは皆 撮影を楽しんでいる様子だったそうですが 確かにプールのシーンなどは数人の笑顔も確認できます
そんな撮影は カナダのケベック州 モントリオールにあるナンズ島で15日間かけて行われましたが 逸話が多数存在します
まず 看護師ホーサイズの役を演じるリン・ローリイは フォークを刺すシーンで誤った場所を狙ってしまったそうですが 実はその相手はクローネンバーグ監督であり 彼の肩に永久傷を作ってしまったそうです
また ジャニイン・チューダーを演じたスーザン・ペトリは 狂った夫をもつ妻を演じる役であるため 涙を流さなければならないシーンが多くありました
その涙を流すシーンの撮影前に 突然『実は撮影の時に泣けたことがないの...』ということをクローネンバーグ監督に告白
さらに『タマネギをすり下ろして目に塗ろうと思うの。そしてあなたが私の頬を引っぱたく。それでカメラの前に出るわ』という提案を自らします
しかし実際 クローネンバーグ監督が軽く頬を叩いても涙が出てこなかったため 彼女はさらに強いビンタを要求
『その強さでいいからあと10回叩いて』とまで言い放ち これによってクローネンバーグ監督の手はヒリヒリだったそうですが 毎回彼女は悲鳴を上げてからセットに駆け込み 涙を流して撮影に挑んでいたそうです
ちょうどそんなビンタをかましている時 ベッツ役のバーバラスティールが撮影現場に到着
ビンタの現場を見てしまった彼女は これを単なる暴力だと勘違いして激怒した上に クローネンバーグ監督の襟首を持ち上げます
そして『世界の巨匠と呼ばれるフェリーニとも仕事をしてきたけど あんたみたいに女優を扱う監督は観たことないわ。ろくでなし!』と言って監督を罵倒し 殴ろうかという勢いだったそうですが その後タネ明かしがされたことで 現場は落ち着いたと言います
製作までの道のりとして デヴィッド・クローネンバーグ監督は「ステレオ/均衡の遺失」,「クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立」という2作を公開した後 本作品の公開まで5年掛かっています
その間 70年代初めには最初の妻マーガレットと結婚し カナダ政府からの補助金で16ミリカメラを買い フランスに滞在
ここではフランスのテレビ用に短編映画をいくつも撮り 当時は小説家を目指すことも考えていたそうです
そして 偶然カンヌ映画祭の現場に遭遇し その都会の喧騒やバカ騒ぎにショックを受けて 一度は滞在先へ引き返すも 思い直して1週間ほどカンヌ映画祭を体験
そこで『多くの観客に向けた映画を作りたい』という気持ちを抱くことになり 小説家ではなく プロの映画監督になることを決意したそうです
1972年になると 長女のカサンドラも誕生
クローネンバーグ監督によれば 当時のカナダはドキュメンタリー風味の映画ばかりで 映画産業は皆無に近かったと言います
『映画とは何より普通の人間を描くべき』という考えが蔓延り 創造的な映画はほぼ存在しなかったそうです
そこで モントリオールのシネピックス社という ソフトなポルノ映画をヨーロッパから買い付けたりしていた配給会社に出会い 本作品の製作に至ります
当初 資金の提供元になるはずだったカナダ映画開発公社は 脚本内容を問題視したために資金提供を渋り 最終的なOKが出るまでに 脚本完成から3年も掛かってしまったそうです
この3年間はクローネンバーグ監督の経歴的にもぽっかりと穴が空いている時期ですが 自分自身が何者なのかを自問自答するような とても辛い時期だったといいます
ようやく用意された製作費は約18万カナダドルと かなりの低予算でした
それまで 他人と映画の内容について会議などを行うことも初めてだった 当時のクローネンバーグ監督は『何が何だかわからない状態』だったそうで 機材の使い方について学びながら撮影が進んだといいます
そんな経緯でようやく完成した「シーバース」について 監督自身は『自分が知る限り カナダで初めての真面目に作られたホラー映画』だとしています
前述した国内の映画がドキュメンタリーばかりだったという傾向も影響したのか 劇場公開当時 一部のジャーナリストの記事が国内で物議を醸すことになります
このジャーナリストは クローネンバーグ監督の初長編映画監督作「ステレオ/均衡の遺失」を熱心に批評してくれていた人物だったそうですが 彼のために特別試写会まで催したにも関わらず『かつて見た中で最も変態的で気持ちの悪い 反感を抱く内容』として雑誌の表紙で扱い 税金で賄われるべきではない作品とこき下ろしたそうです
さらに彼は単なるジャーナリストではなく カナダ映画開発公社にも影響をもつ人物だったといいます
このような論調は その後のクローネンバーグ監督のカナダにおける映画制作資金集めをさらに難しくさせ 監督自身がトロントのアパートから追い出された原因とも言われています
しかし皮肉にも 世界40か国で劇場公開されることになり 当時それまでのカナダ映画で一番の利益を上げ 納税者のお金を回収するどころの騒ぎではない程に成功したのが今作だったと言われています
そんな本作品について クローネンバーグ監督は 1979年の「エイリアン」が「シーバース」の寄生虫の設定を盗用したのは明らかだと語っています
低予算で大成功を収めた「シーバース」...まだ観ていない方は ぜひ観てみてください
2.ラビッド (1977年)
こちらも監督は デヴィッド・クローネンバーグ
製作費は50万カナダドル ※現在で言えばおよそ180万ドル
それに対する興行収入は 推定約500万カナダドル
「シーバース」の大成功に伴って製作された カナダのSFホラー映画です
広告費などを除いた単純計算で 約450万カナダドルの利益を生みだしました
ある日 バイクの2人乗りをしていた恋人同士のハートとローズは 交通事故に遭遇します
これにより重傷となったローズは ケロイドクリニックと呼ばれる近隣の外科病院へ搬送
そこで 大腿部から採取した皮膚に特殊な処理を施した上で それを顔に移植するという緊急手術を受け なんとか一命を取りとめました
しかし実は ローズの身体には恐ろしい異変が起きていました
ローズの腋の下には謎の器官が出来ており そこから血を吸わなくては生きていけない 吸血鬼のような存在になっていたのです
ローズは人を襲いはじめ その被害者も吸血鬼となっていき 症状は次々と伝染していく...というストーリーです
タイトルの「Rabid」は"狂気じみた"または"狂犬病"などの意味をもつ言葉ですが 当初は"蚊"を意味する「Mosquito」というタイトルだったといいます
作中では ケロイドクリニックのケロイド院長なる怪しい人物が 緊急搬送された患者に対し 怪しい外科手術をおこなうことで起きる事件が描かれます
冒頭 バイク走行のかっこいいオープニングから 物語が始まります
前作「シーバース」がゾンビ映画的とも言える内容が含まれたのに比べ 今作は共通する要素もありながら 吸血鬼的なテーマになっています
主演に抜擢されたのは ポルノ女優のマリリン・チェンバースです
これは主に"ガラクタ同然の映画が溢れている状況"の中で 海外の配給会社へ少しでも作品をアピールして宣伝しやすくしたいという目的をもった 製作総指揮のアイヴァン・ライトマンによる意向だったといいます
クローネンバーグ監督自身は テレンス・マリック監督のデビュー作「地獄の逃避行」での演技を観て シシー・スペイセクを起用したいと考えていましたが テキサス訛りの喋り方や 無名であることから製作側に拒否されてしまいます
皮肉にも今作の1年後にシシー・スペイセクは スティーヴン・キング原作,ブライアン・デ・パルマが監督した映画「キャリー」でアカデミー主演女優賞にノミネートされ 一気に飛躍しています
もっとも マリリン・チェンバースは主演としてさまざまな表情を使い分け 素晴らしい演技と堂々の脱ぎっぷりを見せていますが...彼女は本作品の後 ふたたびポルノ映画界に舞い戻っていったそうです
製作経緯としては 先ほど紹介させていただいた「シーバース」が大成功を収めた後 同じくシネピックス社が 次回作の制作をクローネンバーグ監督に提案してきた中で生まれたのが 本作品です
同時代では 例えば1973年の「エクソシスト」や1974年の「悪魔のいけにえ」など ホラー映画が巷に増えていく中で クローネンバーグ監督は ジョージ・A・ロメロ監督による1968年の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」以外のホラー映画が洗練されていないと考えていたと言います
そんな中で制作された今作「ラビッド」では ほとんど好きなように構想できた前作とは違い 脚本の構想段階でシネピックス社が口を出してきたと言います
また「シーバース」の内容が物議を醸したことや アパートだけで進行する物語の舞台がいきなり数倍のスケールになった影響で 脚本がなかなかまとまらず 自信を失いかけたこともあったそうです
今作「ラビッド」の内容が 実はまったく馬鹿馬鹿しいのではないかと考えたりして この時期のクローネンバーグ監督は 自分がどこへ向かうべきなのかを迷うこともあったといいます
さらに 税金で賄われる団体であるカナダ映画開発公社からの製作費集めは難航
またもや困難な時期をむかえつつも「ゴーストバスターズ」の監督として知られる製作総指揮のアイヴァン・ライトマンや 製作のジョン・ダニングによる励ましもあって 脚本を仕上げたと言います
製作費の問題についても なんとか「コンボイ」という別作品との2本立てという契約に漕ぎつけ 両方の作品に対する製作費という名目で 全製作費50万ドルの内 カナダ映画開発公社から20万ドルほどの製作費を捻出させることに成功
しかし「コンボイ」の企画は途中でボツになってしまい カナダ映画開発公社から微妙な眼差しを受けつつ この「ラビッド」だけが完成に導かれました
映画の内容について クローネンバーグ監督はフェミニスト団体からとある指摘を受けたといいます
その内容は 今作では『女性の性を攻撃的に描きすぎている』というものでした
前作「シーバース」では『女性が性的に受け身過ぎる』と意見されたこともあったそうです
これについては監督自身『ホラー映画自体 死や性などの根源的問題を扱わなければならないジャンル』と考えていたため そういった団体から攻撃されたり 時には擁護されたりすることは当然と悟ったそうです
また 両極端な指摘を受けることで 自分の作品が誰かの既定路線に固執していないことを嬉しく思ったと言います
ちなみに本作品は 2019年にリメイクされています
個人的にはまだ観ていませんが どんな感じなのでしょうか...
それはともかく「シーバース」と共に デヴィッド・クローネンバーグという名前を国内と世界に広め 立ち位置を決定づけることになった 本作品
前衛的でありながらも娯楽的で 商業的にも成功した 傑作SFホラー映画となっています
あとがき
今回は「低予算にも関わらず 大成功したSF映画」というテーマでのSF映画紹介でした
珍しく映画の数を絞って詳しく紹介してみましたが いかがでしたでしょうか
中流階級の家庭で生まれ 学生時代には科学を専攻し 人間の本質に迫るような作品を生みだしてきた デヴィッド・クローネンバーグ監督
その本質はとても冷静で ユーモア溢れる人物に思えます
個人的に好きなクローネンバーグ監督の名言として『ホラー映画は脳に到達する前に 内臓に来る』というものがあります
そんな彼は81歳の今も映画を撮り続けてくれていますので まだまだ今後も注目していきたいと思っています
最後までご覧いただき ありがとうございました
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