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電車の中で寛ぐ神様

とても仲の良さそうな親子が目に入った。

静かにぽつぽつと喋る老年の男性の話を、上品な壮年の女性が頷いて聞いている。きっと親子だ。

私は人間観察が好き。特に、電車の中の人間模様は、面白い。

けど、次の駅で女性が立ち上がり、その男性に深々とお辞儀したのに目を見開いた。

二人は、親子でも何でもなかった。全く赤の他人だった。
私の観察眼もまだまだよのぅ……と、思っていたら。

観察眼が鋭いのは、私でなく、男性の方。

ちょいちょいと手招き。対象は、ちらちら見ていた、私。

「隣においで」

しまった。バレてたか。私の忍び術もまだまだよのぅ。

朗らかな雰囲気を纏う老人は、にこにこ優しい笑顔。

釣られて、てくてく、ストンと隣に腰掛ける。

彼は、にっこり笑いかけてきた。

もしも外野で見ている人がいたら、彼と私は仲のいい祖父と孫に見えているに違いない。

彼は名乗らなかった。

私も尋ねなかった。

「お父さんとお母さんは好きかい?」

「あ、はい。二人のことは大好きです」

するっと喉から滑り落ちるようにその言葉が出てきた。

多分、顔にも満面の笑みが浮かんでいる。

「うんうん、それはとてもいいことだ。大事にしなさいね」

「はい」

不思議と、男性の家族構成について考える気はしなかった。

男性とほんの少しの間の沈黙。がたんがたん。電車が揺れる。

その沈黙は、祖父と孫の間にある空気のように暖かい。

「勉強は、楽しいかい?」

「え、あ、うーん。どうかな……」

「好きな教科はなんだろうね」

「国語、ですかね。あと歴史。好きなんです」

すると、男性の目がちょっとだけきらりと光った気がしたのは、気のせいか。

男性は、うんうんと頷いてくれた。

同時に、電車のアナウンスが響く。

【次は、〇〇】

それは私の降車駅。

不思議ともっと喋っていたい人だったのに、残念だなぁ。

「あの、すみません。次で降ります」

「おお、そうかね」

私は立ち上がり、先ほどの女性と同じように深々と頭を下げた。

何だかそうしたかった。いや、そうしなきゃいけない気がした。

それは、恩人や恩師にするような、私にできる最大限の敬意の表し方。

「ありがとうございました」

「うん、こっちも、ありがとうね」

おじいさんはにこやかに笑う。たった三駅の会話。

たぶん、私とこの人は二度と会うことはない。

後ろ髪を引かれる思いで、電車から降りようとしたとき。

「ああ、ちょっと待って」

振り向くと、男性は立ち上がらず、少し不思議な目で私を見ていた。

――強い目、だ。

感情とか表情とかそういうのとは一切関係ない、穏やかなままの強い目が、私を見ている。

男性は微笑んでいた。

優しく、暖かく、初対面の子供に向けるというより、やはり孫を見守るような微笑みで。

「君はね、きらりと輝くものを持っているよ。それを、大事になさい」

「え……」

それは何の話、と問い返そうとした途端、閉まってしまった電車のドア。

あの言葉の本当の意味を聞くことは、二度とできない。

けれど――。

自信を失くした時、辛くて自分を見失いそうな時、男性が伝えてくれた言葉が最後の砦になって、私を守り続けた。

今も、時々思い出す。

あの男性と過ごした時間と、男性がくれた大切な言葉を。

だから、ちょっと思ってしまう。そんなことがあるわけないんだけれど。

あの男性、実はふらりと電車の中で寛いでいた神様だったんじゃないかなって。




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