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【短編小説】にじいろ影切絵

それぞれの役割が繋がって、はじめて私は受け入れた、彼を

よっしぃさん)

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とん、とん、とん。扉を叩く音。

集中が断たれる。女は顔を上げ、開く扉へと目を向けた。
そこにいるのは大人になるエネルギーに満ちた、負けん気の強い顔立ちの少年。
彼は、決意を秘めた眼差しを女に向ける。
女は、小馬鹿にした態度で闖入者を見下した。

「先生、僕を弟子にしてください!」

「絶対ダメ」

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彼女は魔法使い。影を操り、絵を描く。

人は、それを影切絵と呼ぶ。

彼女は、本物の影から絵を作る。
工房に満ちる、静の時間。影は音もなく彼女の手元に集まって、今日もまた、一つの奇跡を描き出す。

ふわり。影が一片舞う。

ペタリ。影が女の意に沿って、虹色の羽を持つ蝶の繭で漉かれた紙に張り付く。

白い紙が、ほろほろと溶け、残る濃い影の色。

蔦で覆われた煉瓦の壁の絵が、そこに顕れた。女の心に浮かんだ景色。

静の時間が、女の溜息で終わりを告げる。
丁度その時、少年が扉を叩いた。

・ ・ ・

「なんでです、先生!」

「先生と呼ぶな、シュアル。レミさんと呼べ。いいか、影は女の領域。男であるお前は、一筋縄では影の絵は描けない。なのに、なんで私にこだわるんだ」

「レミさんが描いた絵に、僕は感動したんです」

シュアル曰く。

彼女の影切絵を見て、心を鷲掴みにされたような気がした。
相手が孤独を愛する人間で、誰とも付き合いがないなんて気にも留めなかった。

――結果として、レミは彼の熱意に屈し、一人の弟子を作ることになる。

光り輝く若い太陽の力に、影が従うのは業であったから。

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新月。影の力が増している。

その日、影が、シュアルに敵意を向けた。

太陽を胸に秘めながら、影を操ろうとする欲深さを持つ子供。
それは無邪気な欲だったけれど、影にはそんな言い訳は通用しない。

レミがふと目を離した隙に、影が、驚き硬直するシュアルを包み込む。

「シュアル!」

異質なら、影に溶かして、一緒になってしまえ。

影が害意を為した意味を知り、それがレミ自身の胸に封印した意志であることに、息を呑む。

影と共にある自分は、誰とも関わらない。ずっと、そうやって生きてきた。

けど、シュアルが弟子になってから、彼の社交的で眩しい在り方が、心のどこかで酷く羨ましく思えて。

じゃあ、彼も自分と同じように孤独を愛すれば、レミと同じになるのなら、それが一番いいのだと、暗く淀んだ部分が、思ってしまって。

力が強くなった影は、忠実にその思いを形にしようとする。

(――駄目だ、その望みは、叶えてはいけない!)

シュアルは太陽の子。
彼は、影に属するレミとは違って、これから先、人の輪に恵まれる。
輝くシュアルの未来を、時間という概念のない影を通して、レミは知っている。

何より、師として、大人として、彼には幸せであってほしい。

――影は女の領域。でも、女の胸にも、太陽はある。
――太陽は男の領域。でも、男の胸にも、影はある。

だから、太陽を宿すシュアルは影切絵を作ることができる。
だから、影を使うレミは人間でいることができる。

強く、思う。

彼は彼のままで。そして、私は私のままで。

太陽と影は、相容れることはないけれど、共に手を繋ぐことはできるから。

強くそう願った途端、繭のようにシュアルを包んでいた影が、蕾が綻ぶように彼から剥がれていった。

影は、レミの心そのもの。

シュアルは、影から伝わってきた師の想い――仄暗いのも、明るく強いのも――繭の中で、全部受け取っていた。

影から解放されたシュアルは、作業台の上に置かれた、生まれて初めて作った影切絵を、レミに見せる。

「……先生。僕の絵、見てくれませんか?」

彼の手にあるそれは、影切絵と思えない程、色鮮やか。

気まぐれで一度だけ教えた「虹色の蝶の羽の色」を出す技法を使って、シュアルは誰にも負けない自分だけの作品を作り上げていた。

シュアルは、己の望みを描いた。

違う手と手が握り合い、輪を描く。

片方の手の内側は宝石のように、もう片方は夕焼けの波のように輝く。

「僕は波のようにまだ揺れています。でも先生は、綺麗で強い宝石をその腕に持っているから。僕と先生が手を繋ぐ絵です。先生は、握手をしなかったから」

「……そうだね」

初めて出会った日に、手を繋げばよかった。

そうすれば「影は女の領域、太陽は男の領域」と隔てることなく、穏やかに、強張った心が溶けるように、違う者同士は理解し合える。

まだ、間に合うだろうか。お互いの心を知った、今この時なら。

レミは、シュアルが憧れた強い師の目を穏やかに細めて、影を操る手を差し出した。

「手を繋ごう。シュアル。師と弟子でなく、生まれも育ちも違う、人間同士として」

そういわれ、嬉しそうにしっかりと、影が染み込んだ魔法使いの手を握る弟子。
彼は、少し照れ臭そうに、己の師を見上げながら、笑った。

「初めまして。影切絵の魔法使い。僕はシュアル、貴女の弟子になりたいんです」

「改めて、初めまして。シュアル。私は影と太陽を胸に抱く魔法使い。弟子になる君を、歓迎するよ」


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noハン会2ndから約一か月経ち、忘れないうちにと公開することにしました。

今回のお題はこのイラスト。

作中、シュアルがこの影切絵を描いたイメージです。

noハン会

(画像はnoハン会アカウントプロフィール画像からお借りしました)

包むようにも見えるし、手を繋ぐようにも見える。

シュアルとレミはお互いを大切に想い、手を繋ごうとしている。

 そんな作中の表現でしたが、これは「人と人とが互いを大切に想い、繋がる」絵だと思います。

 まさにnoハン会や、noteで出会った人たちとの関係を象徴するようです。

 素敵な帯をつけていただいたよっしぃさん、ありがとうございます。

 そして、noハン会に関わる全ての皆さんにもお礼を申し上げます。

 この物語は皆さんがいらっしゃったからこそできた物語です。

 ―――魔法使いの物語。

 私は、noハン会が続く限り、これを書き続けるつもりです。

 なにせ、noハン会に携わる皆さん自身が「魔法使い」なのですから、皆さんをモデルに書くのは当然ですね。


読んでいただきありがとうございます。 頂いたサポートは、より人に届く物語を書くための糧にさせていただきます(*´▽`*)