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千羽はる流、神田神保町の歩き方

ふわり。

腕を組んで眼前に羅列する宝物の固まりを見ていると、その芳香が鼻をくすぐる。

宝石は古書たち。今、私の地元に古本屋は一軒もない。

だけど子供の時に嗅いだあの香りを記憶は丁寧に再生する。

古書が醸し出す香り。

どこか甘く燻されたような独特の香りが、その街には充満していた。

神田神保町古書店街。

・ ・ ・

さて。実のところ、神田から神保町までは大体15分ほど歩く。

靖国通りなどの大通りに出るとつまらないので、もっぱら一本奥になる裏道をぶらりぶらり。

時間が平日のランチタイムにあたったせいか、人気のない道なのに、所々の店には行列ができている。

ふらふらと、思うがままに歩いて神保町へ到着(ただしナビ役の弟がいなければ私は確実に迷子だったに違いない)。

ちなみに、弟は仕事の内定が決まったので、暇なのである。故に強制連行。

神保町に来るのは、二回目だ。

一回目は、密かに研究していたりする宗教学の本を求めていった。

当たり前だけど、あんまりにも本がありすぎることに体が反射的に飛び上がった。

しかも、下手な宝石店より超高級な本たちを前に歯ぎしりをする。

私が手を出したい本は、すべて高い。

もちろん、その日は安くて内容も充実した良本を手に入れたけどね。

できるなら百万円持っていきたい神保町。無理だけど。

ちなみに今回は、その心配はない。

神保町は「データベース」機能を充実させた街で、ネットで検索すれば実はどこに狙いの本があるかがわかる。

今回の狙いは、歌集『歩く』(河野裕子)。

この一冊のみを購入し、颯爽と喫茶店巡りをかまそうではないか。

だからこれだけは買ってやるという意気込みで、私は「八木書店」に入った。

近代文学が専門の、建物も雰囲気もセピア色に染まった古書店。

――さてさて、ここで考えてみてほしい。

今日は平日月曜日の昼間。

兄弟とはいえども若い二人連れで、片方はスマホ中毒者(弟のことさ)

学生なのか社会人なのか、見た目よくわからないくせに、近代文学の権威がふらりと訪れる様な素晴らしい蔵書のお店に入っていったのです。

お店の人は思ったことでしょう。「何者なんでしょうねぇ」

実のところ、本を吟味していたら様子見に来られた。

「お、ちゃんと見てるじゃん」みたいな雰囲気が微妙にあったけど、それ以上に「探していたら助けてあげよう」という心遣いを感じた。

だけど、その時の私はそんな店員さんに声をかける余裕はない。

なぜなら、なぜなら。

眼前にネットでほしくても、すべて在庫なしかバカ高い値段を吹っ掛けられた本が目の前にあったから!!!

本の題名は歌集「野に住みて」(片山廣子 松村みねこ)

もはや大興奮。こいつは買いだぜ。

その途端に、「今日は一冊しか買わないもんね」宣言は空中分解した。

呆気なかった。組み立てる紙飛行機が空中でバラッとなるぐらいには気持ちよく瓦解した。

ふん、いいんですよ、だって天下の神保町なんだから。欲しい本は買うのが正解(言い訳)

でも、目的の歌集は、残念ながらそこにはなく。

お店の人に、「すみません……」と小さくなる(BGMとか流れてないから、無音なんだよね)声で尋ねた。

この人のこういう歌集が欲しいんですけど。

お店の人は、にっこり笑ってすぐさま調べてくれた。

「あーうちにはないですね。けど、この先を左に行った「けやき書店」さんにありますよ」

深々とお礼をし、そんで「これお願いします」と本を購入。

いざ、第二の本屋へ。

と思ったけれど、弟を付き合わせるだけでは申し訳ないので、彼の趣味であるミリタリー関連の本専門店へ(本当に何でもあるな神保町……)

余談ですが、千羽はるの弟は、ミリオタなのです。

知識だけで言えば、専門家は余裕で越えているんじゃないかと。

おかげさまで銃の構造やら種類、武器や戦争の時代背景等、作品作りで大いにお世話になっております。

しかし、残念ながら彼のお眼鏡にかなう本はなかった様子。どうやら売っている本の内容が頭に入っていたらしい。こいつマジすごいな。

閑話休題。

二件目、すぐに見つかりませんでした。

お店の人は丁寧に教えてくれたはずなのに……?

あ、見つけた。ビルの6階。うん。言われなきゃわかんなかったよこれ。

三人入ったら一杯になるエレベーターに乗り込み、扉が開いた瞬間。

エレベーターの中に本が雪崩れてくるかと思った。(誇張なし)

ちょっと歩いたら埋もれて死ぬと思った。(誇張なし)

お客さん、いなかった。(後で調べたらネット販売メインっぽいですな)

白いライト。狭い部屋の中で、本の山、山、山。

私は思った。

あ、絶対にあの本あるわ。でも、絶対に自分見つけらんないわ。

まず歩くための場所が見つからなかった。次にレジも見つからなかった。

頑張って鞄で本の山を崩さないように歩いて(弟はもはやエレベーターの前から動こうとはしない)、何とか本の山に埋もれたご店主を発見。

「あの、すみません。この人の歌集を探しているんですけど」

店主さんは「まさしく古書店の店主!」という雰囲気の男性。

ちらりとこちらを一瞥し、「あ、あれね。うん、待ってね」とおもむろに立ち上がる。

そして私が見ている間にまっすぐに一か所へ。ガサガサ探すこと30秒。

「はい、これね」

―――本の場所、頭の中に全部入ってんの!?

目的の本をもらいながら、半ば呆然、半ば歓喜の私は会計中思わず「ずっと探してたんです……」とご店主に呟いてしまった。

そこはやはり本好きの共感か。

それまで淡々とした表情だったご店主の顔は、少しだけ柔らかくなった。

・ ・ ・

任務完了、さあ帰ろう―――なーんて、なるわきゃない。

神田といえば? 神保町といえば?

そう、カレーなのですっ!!

お昼は、共栄堂のスマトラカレー(ポーク)。はい、絶品。

程よく辛くて、めちゃくちゃ美味しかった。

そして、ここの焼きリンゴが絶品らしいのですが、残念ながら14時から始まりだった。

これは本気で悔しい……!!

・ ・ ・

腹ごなしにフラフラしていたら、見つけてしまった安売りの棚。

そこで手に入れたのが「マンハイムとオルテガ」

社会学者の二人と知り合いだった日本人が訳した、二人の著作。

値段、500円。あ、買いだわ。

そして三冊目ゲット。

当初の「一冊の誓い」は、すでに美味なスマトラカレーのおかげでインドの彼方まで飛んでったんでしょうね。

・ ・ ・

食後の一杯。

神保町といえば、一度行くべきは「さぼうる」という喫茶店ですが、そこは前回お邪魔したので、今回は別のところ。

喫茶店、神田伯剌西爾(ブラジル)。

私はコーラルマウンテン。

弟は――アイリッシュコーヒー。

いいなぁ、それっ!!

私、メニューにあるのを知らなかったんですよ。

私の真後ろにあったんですよ、特別メニュー!!!

ともあれ、美味しいコーヒーと本を片手に、もはや幸せホクホク。

もちろん、お供として付いてきてくれただけなのに、幸運を引き連れてくれたkojiさんの「ことばの海」を記念に撮りつつ。

14時30分。さあ、そろそろ帰るか。

弟を連れて、重い腰を上げました。

11月18日。千羽はる流、神田神保町の歩き方でした。

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