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精霊たちの家

"バラバースは海を渡ってわたしたちのもとにやってきた、少女クラーラは繊細な文字でそう書きつけた。その頃から彼女は、なにか大きな事件が起こると、ノートにつけるようにしていたが、その後誰とも口をきかなくなると、日常の些細なことも書きとめるようになった。"1983年発刊の本書は、チリの女性作家による自らの一族の歴史をモチーフにしたデビュー作にして、映画化もされたラテンアメリカ文学傑作。

個人的には積読のままになっていましたが、主宰する読書会の課題図書というわけで、今回ようやく手にとりました。

さて、そんな本書はチリの外交官の家族に生まれ、世界各地を転々とした後、親しくしていた叔父にあたるアジェンデ元大統領が軍事クーデターにより政権を追われた際に自らも迫害を受けたため亡命したベネズエラにて書いた作品で、母国のチリを舞台に【19世紀末からチリ革命の起こった1973年までの百年近い一族の歴史を辿った作品】にして、不可思議な力をもつクラーラから始まるブランカ、アルバと続く【女性たちと家族の物語】でもあるわけですが。

やはり、一族の歴史、南米とくるとコロンビアの作家にしてノーベル賞作家、世界中に文学に影響を与えたガブリエル・ガルシア=マルケスが1967年に先に発表した『百年の孤独』を思い浮かべてしまうし、また一見すると実際に似通った印象はあるのですが。では二番煎じの模倣作かというと【良い意味で全然違った作品】で。個人的には『百年の孤独』が祖母の語りに着想を得た架空の村、マコンドを舞台にした神話小説だとすれば、本書に関しては著者本人の実体験に引き寄せられた、またジャーナリストとしてのキャリアが存分に活かされた【リアリティ溢れた人間社会寄りの作品】だと感じました。

また(こちらは比較にもなりませんが)同じく趣味の映画制作などで脚本も書く立場としては。登場人物たちそれぞれが風変わりかつ魅力的で。加えて単に登場させるだけでなく、長い物語の中でちゃんと【それぞれの人生や伏線を丁寧に回収している】のに、ストーリーテラーとしての見事な巧みさに唸らされました。そして久しぶりに読書を通じて喜怒哀楽の感情や、善悪の複雑な多面性を抱えた魅力溢れる『人間たち』に出会えた感覚すらあって、本書に関する没入感は素晴らしく心地よかったです。

『百年の孤独』と並ぶラテンアメリカ文学の傑作として、また複雑な人間の姿を多面的、丁寧に描いた愛に溢れる人間賛歌としてもオススメ。

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