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たんぽぽのお酒

"静かな朝だ。町はまだ闇におおわれて、やすらかにベッドに眠っている。夏の気配が天気にみなぎり、風の感触もふさわしく、世界は、深く、ゆっくりと暖かな呼吸をしていた。起きあがって、窓からからだをのりだしてごらんよ。いま、ほんとうに自由で、生きている時間がはじまるのだから。夏の最初の朝だ。"1957年発刊の本書はイメージの魔術師、偉大なSF作家による自伝的な12才の少年のひと夏を描いた物語。

個人的には本好きには有名なディストピアSF『華氏451』の映画から著者を知ったのですが。映画ともまた違ったテキストの魅力を求めて、様々な人が絶賛する本書を手にとりました。

さて、そんな本書は前述のとおり、1928年のアメリカ中西部イリノイ州の架空の小さな町、グリーン・タウンを舞台にして、著者自身の経験が色濃く反映された【多感な少年のひと夏】が一貫したストーリーはなく【様々な個性豊かな登場人物たちの物語がオムニバス形式で】描かれているのですが。

まず最初に感じたのは『少年ファンタジー』と紹介されているし、翻訳を通しても伝わってくる【ポエティックなイメージの奔流】映像が浮かんできそうな美しい言葉の羅列からそう紹介されているのかもしれませんが【はっきり言って児童書とは思えない】生の喜びより死、老いや孤独をファンタジーという形式で包んだ【大人向けの一冊】だと思いました。

なぜなら、本書では『幸福マシン』と呼ばれる機械を開発する発明家や30代の男性と90代の女性との逢瀬、『タイムマシン』と呼ばれる大佐、『料理の魔法使い』としてのおばあちゃんなどの印象的なエピソードが主人公を通して読み手に披露されているのですが、そのどれもが『生の充実』としてよりは【過ぎ去った時間の残酷さ、死が訪れる前の遺言】として描かれている様に思えたからです。

典型的な子供向けファンタジー、冒険や青春物語だと思い込んで手にした事もあって、良い意味で裏切られて、びっくりしました。

本格的な夏の訪れの前に、自然の静寂や美しい言葉に触れたい誰かへ。また、かっての子供、人生の午後世代に向けたファンタジーとしてもオススメ。

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