見出し画像

流れよわが涙、と警官は言った

"おれはけっしておまえに説明するわけにはいかない。ただこう言うだけだ。当局の目にふれるんじゃないぞ。おれたちに興味を抱かせるんじゃない。おまえのことをもっと知りたいなんて、おれたちに思わせるんじゃない。"1974年発刊の本書は、パラレルワールドを描く不条理かつ自伝的なSF傑作。

個人的にはタイトルがとにかく文学的にカッコよくて印象的な本書。【WEBの個人情報が良くも悪くも社会的な信用に直接繋がってきた】今こそ再読すべし!と手にとりました。

そんな本書はバラエティー番組で活躍するジェイソン・タヴァナーがある朝見知らぬ安ホテルで目覚めると身分証明はおろか、国家のデータバンクからも彼に関する記録が消失し、一夜にして『この世界に存在しない人物』となっていた。というミステリアスな謎解き展開から始まり、そこにもう一人の主人公、警察本部長であるフェリックス・バックマンや幻のように次々と現れる癖の強い女性たちがからんでいくのですが。

率直に言って、著者の執筆当時の薬物に溺れる荒んだ私生活の影響もあって?現実と幻の境界線があやふやな感覚【現実の存在が脅かされ続ける展開】は相変わらず魅力的ですが、全体としては他作品に比べても正直難解な箇所が沢山ありました。(第3部23章の『私たちは失敗したんだ。完敗だ。ふたりとも』とか。。)

一方で、遺伝子デザインベイビー『スイックス』として優れた才能や合理的判断をするも、どこか感情が歪んでいる(=泣けない)ジェイソン・タヴァナーと対比する形で紹介されるフェリックス・バックマンや女性たちの不条理かつ人間臭い様子、それでも【愛情があるからこそ泣く描写】は局所的であっても魅力的に感じることができました。

個人データの喪失をテーマにした古典SFを探す人や、著者独特の現実侵食感覚にどっぷりつかりたい人にオススメ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?