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"雪の静寂だと考えていた、バスの運転手のすぐ後ろ座っていたその男は。もしこれがある詩の書き出しだったら、心の中で感じていたものを雪の静寂と言っただろう"2002年発刊の本書はトルコ人初のノーベル賞受賞者の著書による『最初で最後の政治小説』にしてイスラム、多文化理解、寛容について学べる名著。

個人的には2019年10月の米下院によるオスマン帝国時代のトルコで発生した「アルメニア人虐殺」をジェノサイド(集団殺害)と認定する決議案を可決したニュースを見て、同じく著者が【2005年に100万人のアルメニア人と3万人のクルド人を虐殺した事実を認めるべきだ】と発言したとされ国家侮辱罪に問われた事を思い出し、911後に出版され【イスラム過激派をめぐる情勢を予見した】と当時のベストセラーにもなった本書を手にとりました。

そんな本書は、雪に閉ざされたトルコ北東のアルメニアとの国境の町カルスへドイツへの政治亡命者として暮らしていた【無神論者の詩人】Kaがイスタンブルを経て辿り着き、再会や出会い、4年間どうしても書けなかった詩が次々と湧き出す体験をするなどの個人的再生を果たすと共に並行して起きるイスラム過激派に対抗するクーデター事件に遭遇し、宗教と暴力の渦中に巻き込まれていくわけですが。日本と同じく【西洋的近代化を果たすための】トルコのとった政教分離政策、それに伴う欧化主義とイスラム主義の【矛盾や対立の複雑さ】といった社会問題にまず引き込まれ考えさせられました。

一方で、本書は【政治的メッセージのない政治小説】であり、主人公的存在である詩人Kaが個人的な創作やラブロマンスという徹頭徹尾、自分の目的の為に利己的に行動する姿には、何らかのヒーロー的人物の活躍によるハリウッド映画的解決、例えば街の平和を取り戻す的な単純な物語を期待してしまうと感情移入しにくいのですが、これはこれで群像劇の様に登場する人物達も含めて、リアルさを追求した結果と思えば、やはりこうなるのかな。と納得もできました。(しかし、名前のせいでしょうか?同じく雪に閉じこめられるカフカの『城』を彷彿とさせられた方は私以外にも多いのでは?)

イスラム原理主義が下層階級でどのように芽生えるか、あるいは【異なる文明との出会いや共存、対立】などトルコはもちろん中東諸国の現状理解を物語的に深めたい方へオススメ。

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