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それは正解?正義?

誰かの正解や誰かの正義によって

違う誰かが否定されたり、悪とされたり

そんな場合が世の中にはたくさんある。

何が正しくて何が正しくないのか

それは大衆や集団のマジョリティーで

意見が通りやすいのと

多勢に無勢でマイノリティーが弱くなるから。

ここ数年

悪役(ヴィラン)側を

ピックアップした作品を目にすることがある

昔からあったのかもしれないけれど

気にかけていなかった私がいただけだと思う。

大ヒットした『鬼滅の刃』

最終回終わった後も人気は続いているが

未だに何度も読み返し、

楽しく読ませていただいている。

物語としては

家族や妹の為に主人公が成長していく

王道ジャンプストーリーではあるものの

鬼側にも背景があることに気付かせる

またストーリーとして読ませるのは

新しいのではないか。

以前、書かせて頂いた桃太郎

昔話や物語の作りとして

善悪の線がシンプルに断絶的に

しっかりと分かれているものが多いのは

子ども達に善悪を分かりやすく伝える

善悪をしっかり判断させる力を

身につけててもらうためなのだと思う

でもね。

具体的に鬼が何したのかが不明瞭

襲ってきた鬼を返り討ちにする正当防衛ではなく

鬼の本拠地に乗り込み、暴力でねじ伏せた

誰のものか分からない宝を持ち帰った

こう書くと

一気に桃太郎が『正義』ではなくなる

金太郎もかな。

動物たちにも心優しい力持ちな青年の出世街道劇

はたしてやっつけた悪役には

汲むべき背景がなかったのだろうか。

ブレーメンの音楽隊なんかは

未だに疑問視している。

ロバ、犬、猫、にわとり

加齢により使い物にならないと

落胤押された動物たちの

泥棒一家のお家の強奪ストーリー

としか思えない。

泥棒とはいえ住む場所や食べ物を

奪っていいわけではない

ヘンゼルとグレーテルなんかはどう?

たまたま山奥に暮らしていた魔女の

お菓子だからと家の部品を器物損壊

挙げ句に注意しようとしたら

殺されちゃった。

いやいや。ハードケースすぎやしないか。

誰かが正しくて正しくない

誰かが正義、誰かが悪

線を引くことによって発生するグレーゾーンや

どちらか一方の話しか聞けなくなる状況

コレがいかに危険なことで

不躾で鋭利なことなのか

一度は考えて頂きたいものである。

「STAP細胞はあります」

刺激惹起性多能性獲得細胞の研究で

騒動となった

小保方さん

その後、STAP細胞は発見されたけど…

みたいな。そんなこと。

いけないことはしてはダメだよ。

悪いこともダメだよ。

人を傷つけたらダメ。

でも、そのダメは

誰が判断するものなのか。

それに至った背景がどうであったのか。

ダメであった時に、対応策や他の方法が

あったのか。そんなことを考えないと

ダメだと主張する、否定するのみは

それこそダメの部類に入る行動とならないのか。

善悪を分けるのは簡単。

悪を懲らしめるのも裁くことも。

否定することもね。

今見えていること

それだけで判断するのは誰でも出来る。

でも、裁判所とか、警察でも考えて考えて

時間をかけて判断に至っているのは

悪側と判断された人も人であり

権利があり、主張がある。

背景がありそれに至った原因がある。

大事なのは、根本的解決。

どうすればそれに至らないのか。

何か他に方法がなかったのか。

その方法を得ることによって、

その人の人生が変わるのか。

要は配慮だよね。

配慮。

言葉でいうのは簡単だけど難しいのよ。

例えばね。

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1人のカッパきた女の子が立っている。

これに対して

「雨降るよ」と風邪をひいてはいけないから

室内に促す→これ配慮

晴れているから、熱中症にならないように

カッパを回収して帽子を出してあげる→配慮

まずは近くに親を探してあげる→配慮

「どうしたの?」声を掛ける→配慮

『カッパ可愛いね』伝える→配慮

相手を気にして、関わる方法は全て配慮

人によっても違うし、

シーンや時間場所によっても変わってくる

見えているものから考察するには

自らの背景や知り得ている情報によっても

考えは変わってくる

現時点では

この子が一人っ子か兄弟姉妹がいるのか

何歳なのか、親とはぐれたのか

どうしてここにいるのか

何故カッパ姿なのか

家はどこで、どうして移動したのか

今の感情は?

何故下を見ているのか。

など知らないことが多すぎる。

ここに事実や背景がプラスされると

見えてくるものも変わってくるし

判断や行動が変われば結果も変わってくる。

別にそれが正解でも善でもない

結果論で善悪は判断されちゃう

相手を思いやって配慮したことなら

それは決して悪いことじゃない

否定されることでもない

もしかしたらいい印象じゃないかもしれない

でもそれはその人がそう思ったってだけ

人の想いは十人十色

人によって色々

だけど、

こんなことがあるんだよ

前もって教えとくね

あ。必ずこうって決まってるわけじゃないよ。

でも知っておいて。

後悔はして欲しくないんだ

昔話には先人たちやお父さんお母さん

お爺ちゃんお婆ちゃん達から

子どもや孫に対する思いが込められてる

そのこと自体が配慮かもしれない。

そう考えると、どんな話も

福祉に通ずるものがあるかもしれないね。

「しあわせ」や「ゆたかさ」を探求し、

最低限の幸福と社会的援助を提供する

それぞれの自己肯定感を満たし、

存在や居場所を与え

目的に向かって助け合う

そのための助言。それが昔話。かも。

サポートがなんなのかすら理解できていませんが、少しでも誰かのためになる記事を綴り続けられるよう、今後ともコツコツと頑張ります!