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戦争を読む③ナラティブを考える①F1のナラティブ/ペレスの憂鬱

 12月19日フェルスタッペンは、配信サービス『Viaplay(ビアプレイ)』で、ナンバー2ドライバーについて語った。「ナンバー2のポジションにいるドライバーは自分の役割を受け入れることが重要であると。」話は、ハミルトンとボッタスの関係について…「ルイス・ハミルトンが提示した課題を克服できないことを認めていなければ、バルテリ・ボッタスはF1で生き残れなかったと。」もちろんフェルスタッペンが言いたいのは、ペレスに対してで、この言い方を堂々とするということに対して驚きを隠せなかった。そうか、はっきり言うんだ。非難を浴びても(実際、21戦サンパウロGPで、フェルスタッペンは、チームから出されたペレスに対してポジションを譲るようにとのオーダーを軽く無視し、レースが終わっても譲らない主張を変えなかったので、ペレスの父親をはじめファンから非難を受けた)。最終戦、何となくわだかまったままのペレスは速さを見せられず、チャンピオンシップ2位はルクレールの手に、ペレスは3位に終わった。
 シーズン終了後、リカルドがレッドブルのサードドライバー契約を結び、もしかしたらペレスの代わりにリカルドがセカンドドライバーになるのでは、という噂が飛びかった。チームは噂を打ち消すような発表を繰り返したが、懸念は今だ消えていない。そこへもってのフェルスタッペンの発言で、ナンバー2ドライバーはその役割を受け入れなければ、シートはないよということをあからさまに宣言している。これはペレスへの警告である。どう見ても。リカルドとの契約は、フェルスタッペンの意志ではないかと、当初、予想していたが、もしかしたら本当に、ペレスへの脅しのためにフェルスタッペンがつけた23年契約なのかもしれない。で、おそらく23年、ペレスへのプレッシャーになるだろうし、テストでペレスより早く、ペレスより従順であることが確認されたら、シーズンの頭から、ペレスはシートを失うこともあり得る。
 シートを失いかけたペレスが、電撃的にレッドブルにシートを得て、才能を徐々に開花する、一挙手一投足を見てきたこの2年。今は、FP、予選、本戦すべてを生中継で見ている。しかも時にはダゾーンとフジテレビとを同時に見ているときもある。そしてFPを見ながら、8位くらいまでの順位予想を立てる。予想をたてながら見ると結果とのずれが、レースの戦略やマシンのセッティング、ドライバーの能力、運、現在の力量…そんなものが少し分かってくる。ドライバーの速さ強さ(精神の)推移、チーム戦略、タイヤ、天候…今は、情報がある程度、見えるので、刻々、変化しながら見ることができる。
 その中で、ペレスがフェルスタッペンを凌駕することができないのは、見えている。何故なら平均して0.5秒、フェルスタッペンが速いのである。ほぼ全レースで。ペレスが0.5秒遅いんじゃなくてフェルスタッペンが速い。ペレスはフェラーリの二人にも僅かに遅い。ほんの僅かだけれど。メルセデスの二人、ハミルトンとラッセルに対してペレスはレースで抜くことができるようになっているので、(一昨年、最終戦で、ぼろぼろのタイヤとマシンで何度かハミルトンを抜き返して足止めして、フェルスタッペンのチャンピオンに貢献した。その時から、ハミルトンを抜けるようになったのだ。これは凄いことだ。レースの修羅場で獲得した能力!)若干のアドヴァンテージがある。ペレスの位置は、ボクからするとそんなところ。でも、抜けないサーキットで、フェルスタッペンのトラブルとか事情で予選前にでていると、勝機が生まれる。今年、そうやってモナコを優勝した。ファンなので、年間2位もとれたらいいなと思うし(実力と車の関係で言えば、ルクレール2位は妥当で、来年のモチベーションのためにも良かったと思うが。)できらたフェルスタッペンが吃驚の点差まで近づいたりしたら…みたいなことは思わないではないが、クールに見ている自分としては、まぁ5%くらいの幸運の可能性なので、願いはしない。
 で、これを書いているのは、譲らないフェルスタッペンに憤ったりではなくて、吃驚したということを言いたいからで…優勝は譲らないと思っていたけれど、態勢にまったく影響のないところでの入れ替えは、チームオーダーもでたことだし、すると思っていた。自分を犠牲にしてサポートしたペレスにお礼をというストーリーは、フェルスタッペンには存在していない。元々、存在していないでしょ。ハミルトンを見ればわかるでしょと。たしかにハミルトンは、一度もお礼のポイント返しをしていない。元々、セカンドドライバー問題は、長くF1にあって、特に複数回世界チャンピオンになるドライバーは、セカンドドライバーを自分の優勝のために、徹底して使いまくってきた。近くはハミルトンのボッタス。ボッタスは事故まで起してサポートした。ベッテルもライコネンにどれだけ譲らせたか…今になって嫉妬を覚える素晴らしいドライバーだと言っているが、ライコネンファンとしては、あんた、どの口してそんなこと言えるの?と思う。それでもライコネンはヴェッテルと大変仲が良い、良いのだが、ライコネンは優勝をヴェッテルに譲ることによってドライバー寿命を確実に縮めた。シューマッハもかなりの強要をセカンドドライバーにした。セナもだ。セナはセナ大好きベルガーに支えられていた。だから日本グランプリでお返しに優勝を譲っている。コーナーで待っていて、ベルガーが、譲るのが下手過ぎる、かっこ悪くて厭だと言ったことは有名だ。
 セカンドドライバーにお返しをする、あるいは本当に勝負どころだけ譲ってもらうというストーリーは、もう存在しないということだ。たてまえあった、騎士道的ストーリー、ドライバーの競争によって勝負を決めるという、ナラティブが完全に消去された。フェルスタッペンは、セカンドドライバーの責務を果たせと言っている。それしか存在意義はないと。たぶんフェルスタッペンは、セカンドドライバーに1ポイントも譲るつもりはない。そして最初からポイントを含め、奉仕させる気でいるし、それを公言しても良いとすら思っている。ここにジョイントナンバーワンで、騎士道的な戦いをするという物語は、微かにも存在しない。戦争理論が作動しはじめている。それだけ厳しい戦いになっているし、ウクライナでこれまでのナラティブが機能しない、戦略と地政学の戦争が行われていることとも関連している。
 もちろんF1にスポーツマンシップも基本的に存在しない。非スポーツマンシップにもとるようなドライビングをしたハミルトンにおとがめはないし、それに報復するようにハミルトンの車に乗り上げたフェルスタッペンにもペナルティはない。非難もされない。もう少し前から気づいていても良かったかもしれない。F1は勝つためにだいぶん戦略の度合いを進化させている。フェラーリの戦略的間抜けというのは相変らず古典的に存在するが、ここ一二年の川井一仁の戦略ボケ発言が気にかかる。読みが外れるのと、川井どうりにすると負ける確立がもの凄く高くなった。川井の戦略は、ある種予想がつく戦略であって(素人で見ている自分にも)川井はなんでそうしないのバカじゃないのと豪語するが、その裏をかかれることが多くなった。
そのもう一つ先で、博打を打たないと勝てなくなってきている。戦争もそうだが戦略は化かしあい、普通の予想通りにやるはずもないし、やったら負ける。相手の裏をかく、どれだけ相手が思っていないことを早くしかけるかということが戦争の力学だ。F1もまさに戦争的になっている。セカンドドライバーは、博打やブラフを打つために有効な速さをもたなくてはならない。もしかしたら勝っちゃうかもという速さと強さを持っている上で、たとえば、タイヤを変えてアンダーカットを狙う振りをするためにピットインするのだ。ペレスにしてみたら、それも充分しているんだから、1ポイントや2ポイント譲ってもいいんじゃないの?と思っているだろうし、ボクもそうは思う。だけどフェルスタッペンはそうしない。
 23年、F1はこれまでの欺瞞的ナラティブを機能させずにゲームを進めるようになるだろう。それを作り出したのが、チームでも機構でもなく、ドライバー・フェルスタッペンだったということだ。驚いたのはそのことだ。ハミルトンもセカンドドライバーには過酷であるけれど、代わりに差別を撤廃しようとするいい人であることを強調し続けた。(それはF1の機構にとっても良い隠れみのになるので協力をした)差別は駄目だけど、レースに勝つためのパワハラはOKな訳だから。フェルスタッペンは良い人を演じようとはしていない。非難される自分を受け入れている。強い!というかストーリやナラティブに変わる、別のシステムを保持しているように思える。

 ところで、そうは言ってもF1は戦争ではない。人が次々に死んでいくわけではない。戦争のような戦略を使ってパワハラのような方法で、勝利を得ていくが、それゆえに別の見どころもたくさんある。一昨年、最終戦のぎりぎり最後の何十秒かの戦いに運がなかったために、負けたハミルトンは、負けたけれどドライバーとしては最高潮の力をもっていた。世界チャンピオンになって、昨年を走ったらどれだけ優勝を果たしたことか。だけれどもハミルトン昨年は一勝もできなかった。ラッセルに俺の前を走るな的な態度をとり、ナンバーワンドライバーのプライドを示し続けた。それがどれほどラッセルにマイナスを及ぼし、チームを混乱に巻き込んだか。戦略の時代でありながらドライバーの気持ちは、やはりスピードと勝利の重要なファクターなのである。最終戦近くに、ラッセルの速さを認めたハミルトンが、23年どう走るかというのは、最大の関心事だ。少なくても昨年のようなことはない。速くて強い要素を回復するだろう。チャンピオンに手がとどくところを走るかもしれない。ずるずるとラッセルの後塵を拝するかもしれない。(たぶんそうはならない)ルクレールも速い。フェラーリがもしナンバーワンをルクレールに固定すれば、かなりの戦績をあげるだろう。そして戦略担当を入れ替える。(難しいだろうけどね)そうなったとき、もしかしてレッドブルのセカンドドライバーの役割は今年にもまして重要になる。ペレスが我慢して、いい人のまま、レッドブルを走るのか…切れてチームを去るのか。そしてリカルドが目覚ましい走りを見せた上で、後半、フェルスタッペンに譲らなくなるのか。どれも可能性はある。成立する%はだいぶ違うけれど。ナラティブを外してもレースを見る楽しみは、いくらでも存在する。むしろ、建前の、嘘臭い物語が消去された分、きつくて激しい戦いを、見て共振できるようになるので、ある種の歓迎をもって来年を待っている。

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