教育改革論は無価値、教育はそこまで重要ではないという話

タイトルだけだとちょっと抽象的すぎるのでもう少し話したいことを明確にしておくと、

メディアでおじさん、またはおばさんが

日本の問題点を改善するには、教育を根本的に変えないとダメ!

出典:メディア

的なことを言い出したら無視しましょう、ということです。以上です。

メディアに蔓延る教育論、なぜ真に受けてはいけないのか

地上波民放ワイドショーやAbemaTVのニュース番組のコメンテーター、Youtubeで自説を披露する有識者風・知識人風のおじさんおばさん、それにぶら下がるコメント、雑誌記事・ブログ記事・ニュース記事・Xをはじめとするテキスト系SNSでよく目にする

日本は〇〇がダメだ!原因は日本の教育にある!
日本は北欧に比べて教育が遅れている!もっと北欧を見習って教育を改善しろ!
教育をワシの言うとおりに改善すれば、日本にとっていいことずくめになるんだ!

出典:メディア

こんな感じのご意見。

ちょっと気を許すと、「フムフム、そうか~確かに、教育を変えれば日本よくなるか~」と納得しそうになってしまうのですが、そこで以下をお読みください。

1. 教育は変わらない

変わらないと断言するのは過言かもしれませんが、ほぼ変わらない、すごく変えにくい、変わるには時間がかかる、だから教育が変わる可能性は低いというトピックです。

教育基本法

わが国には教育基本法というものがありまして、これが義務教育における理念をほぼほぼ規定しているわけですが、日本の法律なので、変えるには国会議員が議会で法改正を提起し、賛成多数で可決されることが必要になります。

事実としてこの法律は過去に改正されたことが数えるほどしかなく、戦争で負けた我々日本人のためにGHQ様がいろいろお口を挟まれ、なんとか制定し公布・施工したのが1947年、そこから何十年と改正の意見すら出されず、1997年にようやく改正の機運が高まったのですが、いろんな立場の人から反対されズルズルと時は過ぎ、結局2006年に野党欠席のまま与党がゴリ押しで新・教育基本法を制定したという経緯があります。それから現在2024年まで、一文字たりとも変わっていません。

よって、教育基本法を改正をするためには、一定数の国民からの支持を持った国会議員が一定数(与党内で影響力を持つくらい)必要で、さらにいろいろな抵抗勢力との攻防を経て、改正できるかっていうところです。コスト高いです。

学習指導要領

まぁ、教育基本法は別に変えなくても、教育の中身は学習指導要領という別の概念で規定されていて、そっちはもうちょっと簡単にいじれたりします。

学習指導要領は教える内容(カリキュラム)を規定するもので、文部科学省が告示する教育内容の基準です。

時の文部科学大臣が変えたいと思い立ったら、しかるべき改訂フローに乗って改訂されるものです。

歴史的には、ほぼ10年ごとに改訂されてきていて、日教組が血迷ってゆとり教育を導入させたり、それのせいで学力が低下したから元に戻したり、小学校で英語が必修科目になったり、直近ではプログラミング教育が必修科目になったりしました。

でも、これ、大枠はほとんど変わってないんですよね。ひろゆきがいう古文漢文はずっと残ってるし、曾野綾子の大嫌いな二次方程式も未だ健在。
(ただ、円周率は3.14から3になりました)

10年ごとに微調整しかされてきていないと捕らえたほうがよさそうです。

また、公立の教育機関は学習指導要領に沿っている場合がほとんどだと思うのですが、私立の学校においては、学習指導要領の内容はそこそこにして、お受験用の勉強ばかり力を入れて教えていたりするので、学習指導要領を変えたところで、どれほど子どもの学習環境に影響するのかは疑問です。

まとめると、戦後から教育というものはほとんど変わっていないということです。
また、変えるには相当の時間と労力(と税金が原資の労働コスト)がかかるということになります。

2. 教育を変えても教師は変わらない

運よく教育基本法、学習指導要領を変えられたところで、それまでの教師は引き続き教壇に立ちます。

別にプログラミング教育が追加されたからと言って、プログラミング経験者の教員を用意することはなく、はたまた現職の教師たちにプログラミング教育を施すわけでもなく、教師向けにプログラミング理解度テストを実施するわけでもなく、1文字もプログラミングしたことない教師たちが生徒に教えることになります。

まぁ、ゆとり導入で総合的な学習の時間なる謎の時間が誕生し、教師たち自身が何をする時間なのかわからず、適当に映画を流してお茶を濁していたという実態もあり、お上があーだこーだ指示しても、肝心の教える立場の人が理解できなかったり、能力不足だったりすることが有意に予測可能です。

そもそも、英語圏の人と英語での会話すら成立しない程度の英語力しか持たない教師陣に長年英語を教えられてきた私も、もれなく英語が話せない人材として社会に放り出された悲劇があり(私側の能力に問題がある可能性は無視します)、教育理念やカリキュラムがいくら意識高くても、実態労働する教師側の質が低かったら生徒は何も得ることができないということです。

だったら教師の質を高めればいいじゃん?

それはそうなので、労働環境を超ホワイト化して給料も最低年収1000万円くらいにして、有給取り放題、部活の顧問はしなくてもいい、年1で教師向けの適正試験を課して合格しない場合は教員免許を取り上げる、くらいしたら問題なさそうです。

財源は消費税の増税か、社会保障費を削って(高齢者の医療費負担増)持ってくればいいですね。

ぜひお願いします。

3. 教育を変えた歴史があるが、失敗したということになって元に戻っている

さっきも書きましたが、ゆとり教育を導入だーって大山鳴動、導入したはいいものの、批判がすごいので10年後に元に戻しました、が実際に過去に起きているので、教育の分野は結構変化に弱い分野なのかなぁと。

何事にも変化を起こす時には摩擦が発生し、必ず反対派は現れるのが世の常、実際に教育方針を変えた後、数年後にちょっとでもネガティブな統計データが出てくれば、鬼の首を取ったかのように、教育改革のせいでこうなった、ああなった、と騒ぎ出す人たちが出てくるのはもはや確定事項。シンジローガー、ユリコガーとか言いながら連日メディアをジャックして、子育て世代の票をかき集めるみたいな。そもそも子なし無産膣無事おひとり様世代の有権者は教育制度が変わっても何も影響がないので元から別にどっちでもよかったみたいな。

教育のホメオスタシス強い。

4. 教育を変えたことによる効果が測定できない

そもそも、教育改革の効果をはかるのは難しいです。

まず、何をもって効果があったとするのか。

国際学力テスト(PISA、TIMSS)の結果なのか、非行に走って補導される生徒数なのか、不登校児童数なのか、はたまた愛国心とかってどうやって計量するんでしょうかね?

学力の国際比較なんてのは、他国の影響(戦争や経済的な影響)をモロに受けて順位が変動しまうし、各国によって識字率や言語の構造が違うので、同一の問題解いているという前提がそもそも成立しないのではないかという懸念もあります。

また、試験日に頭の悪い生徒を計画的に休ませて平均点を底上げする手法が過去に編み出されていたり、順位を上げようと思えばなんでもありです。

次に、科学的に信頼できる実証データを作り出すことが難しい。

世の中の理として、原因と結果を確定的に結び付けることができない分野があります。

海洋に放出された放射性物質の危険度とか、食品添加物の人体への影響とか、人間が地球の平均気温に与える影響とか、いくらデータを集めても断定できない、決定的なことが言えないという、まぁ変数が多すぎてどれが原因か特定できないし、無限の変数が影響を与えているので影響はあるが程度は不明、みたいなことしか言えない分野があるんでねすね。

教育はまさにそれで、影響の因子も無限にあるし、子どもが影響を受ける期間も長期に渡るので、マジでカオス、すべてが影響しているし、何も影響していないともいえる。

その年代の子どもに流行ったYoutubeショート動画の影響が強い可能性もあるし、運悪くコロナ禍にぶち当たった世代だったらネガティブな影響が出るとか。

理想的には、教育制度を現行式のAと改革式のBの2パターンに分けて、それぞれ数千世帯ずつ他の条件がほぼほぼ一致している家庭を振り分け、数年~数十年かけて実験をおこない、並行して子どものデータを収集して統計的に有意なサンプル数で分析できる必要があり、現実的ではないです。

なので、何が起きるかわからんけどとりあえず国全体で一括で制度変更してみて、数年経って国民が怒ってそうだったら元に戻します、ということになります。

本来であれば、実証実験のエビデンスに基づいて政策変更とか論争があるべきなのですが、データがとりにくい分、政治家や世間の感情や勢いで変更を余儀なくされやすいのが教育の分野なんですね。

5. そもそも教育の効果が疑われる

公教育の影響力がそこまでないのではないか?というトピックです。
現在の文部科学省が指定した義務教育のカリキュラムを全部脳内にインプットできてる、文部科学教の教えでフル洗脳されましたみたいな人って日本の中にどのくらいいるんでしょうか。

逆に、授業中先生の話を真面目に聞いてなかった、考え事をしていた、教科書に落書きをしていた、友達と手紙のやり取りをしていた、寝ていた、保健室にいた、登校するのが面倒だったので仮病を使って家でゲームをしていた、家は出るけどゲーセンで時間をつぶしていた、そもそも不登校だった、みたいな人も少なからずいるわけで。

給食の時間と修学旅行だけ顔をだしてくるゆたぼんみたいな革命家もいるし。

教育を全く受けなかった人間と、教育を全部吸収した人間が社会に出たとして、マクドナルドでアルバイトをするうえで何か差が出たりするんでしょうかね?(もちろん出るかもしれない)

それでいうと、日本の教育を全く受けていない(カタコトの)外国人労働者が少なからず日本のコンビニでバイトをしているのは示唆に富んだ事象ですね。

テストのために覚えたことはみんな忘れてるし、大人も漢字は読めるけど書けない、水素水とか体にいいらいいので買っちゃいます、選挙にはいきません、虚数やベクトルってなんですか、みたいな人だらけですよね。自分も含めて。

また、教師側の教員としての質の問題もあり、教え方にもうまい下手があるのに加え、文科省の基本方針を無視して授業中に政権与党の批判ばかりする教師や、平日なのに有給を使って中央省庁まで馳せ参じて反政府デモに参加する日教組の組員さんがいたり、教師自身の知識が不足していて間違いをそのまま生徒に教え込んだり、掛け算の順番が違うなどと本質とは関係ないことでイデオロギーを発揮する輩がいたり。

さらには教育基本法に書かれている理念に基づいて、学校内で行われる式典で国歌を斉唱することを拒否して起立すらしない教師まで散見されるので、どんなに教育基本法をこねくり回そうが、そんな教師が全部脳内で闇変換し、オリジナル教育勅語で生徒を自分色に染め上げていくことを防げません。

どんな教師にあたるかは義務教育においては地域性により固定されたガチャなので、ヤベー教師にあたることもザラにあるんですよね。
私立に行く人はまだいいとは思いますが、事前に教師のすべてを親が知れるわけでもないし、途中でチェンジすることもできないですからねぇ。

ほとんどの日本人にとって中高の6年間英語の授業があったのに、みんな全然英語力が備わっていないのも、教育の影響力の弱さを物語っているのではないでしょうか。

長くなったので締めます

課題の処方箋を出してるように見えてまったく無意味な言説、それが

昨今の日本はダメだ!
昔はOECDの各種ランキングで上位に入っていたのに!
これを改善するには教育改革が必要だ!

メディア

です。
皆様もお気を付けください。

関連しそうでしてない後日談

Youtubeを見ていたらエプスタイン・スキャンダルでお馴染みの伊藤穣一さんが、教育でお利巧さんをいくら作っても意味がない、なぜなら、自分で考えないし、権威を疑わないし、遊んでないから、と言っていて、なるほどなぁと。

知識はネットにいくらでもある、ただ教えるだけの教師は不要で、自ら知識を得に行くことができない落ちこぼれた子どもに対してのみ、教師という存在を使って方向性とか暗記のやり方を諭す、ぐらいの影響力しか与えてはいけないみたいな文脈と理解しましたが。

教師から権力を引きはがし、クラス内上位1割の自分で勉強できる奴は放っておいて、中途半端なやつらは東進ハイスクール的なビデオ講義(現代)で、全国の生徒を一括で教える、クラス内下位3割のダメな奴だけ椅子に縛り付けて一定時間拘束・監禁し、体罰と恐怖を活用して効率的に知識を埋め込む、がいい塩梅なんじゃないですかねぇ。

知らんけど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?