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思い出のザーピー

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思い入れの強いの作品を集めました。
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記事一覧

傘と飛行機雲(シロクマ文芸部)

傘と飛行機雲(シロクマ文芸部)

青写真に描いてた未来と現実の距離はどのくらいだろう。

大人になった僕は、スウェットだけで外に出たことに後悔していた。

夕空には心配になりそうな角度で下る飛行機雲だけが見える。

午後から雨が降ると聞いていたけど、杞憂だったようだ。

無駄に左手を塞いでいる傘に苛立ちながら立ち止まった。

飛行機雲は少しずつ地上との距離を詰めている。

最後まで見届けるには人生が足りないので、そのまま家に帰った

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フミちゃん(シロクマ文芸部)

フミちゃん(シロクマ文芸部)

“本を書く人になる”

小学生のころに仲のよかったフミちゃんの夢だ。

久々に実家に帰り、暇つぶしに読んだ卒業文集に書いてあった。

私のページには“会社員になる”と書いてあった。背中がゾワゾワして読むのを辞めた。

三十路になった私は、当然のように夢を叶えている。

しかしフミちゃんの夢は、そこらのハシゴでは渡れない距離があった。

あぁ、年末だな。

工事現場でコンクリートが削れる音が聞こえた

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レンタサイクルの彼女(シロクマ文芸部)

レンタサイクルの彼女(シロクマ文芸部)

珈琲とコーラを一つずつ頼んだ。

僕の口の中で想定外の苦味が広がり、彼女の珈琲を間違えて飲んでしまったことに気がついた。

そんな僕をみて、高校生とは思えないほどあざとく膨れ顔をする彼女は、

レンタサイクルで去っていった。

下校中、突然大雨が降ってきた。

お互い会話に夢中で、空の色など気にしていなかった。

ちょっと先に駄菓子屋を見つけ、雨宿りをしていこうと提案しようとした僕をよそに彼女は、

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月と視聴覚室とヘイ・ジュード(シロクマ文芸部)

月と視聴覚室とヘイ・ジュード(シロクマ文芸部)

「月めくりすぎて、太陽見えてきちゃったじゃないの」

母親が必要以上に大きい声を出す。

私がめくった月で、部屋が足の踏みどころがないほど散らかっていた。

私はただ月の裏側を知りたかっただけ。

月をめくればめくるほど視界が白くなり、気づいたら朝になった。

朝食はポケモンパンを食べた。

いちご味の蒸しパンがお気に入り。

別に昨日と同じ朝である。

でも、なんとなく学校には久々にマスクをして

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【ピリカ文庫】京浜東北サディスティック

【ピリカ文庫】京浜東北サディスティック

報酬は入社後平行線で、弊社は愛せど何もない。

「仕事終わったらみんな裏口のとこ集まって。そこで会費も集めるから」
会社内でリーダー的存在の人の声が聞こえた。
どうやらこの後、飲み会があるらしい。
でもオレは飲み会に誘われていない。
新卒から入っているオレを横目に、自分よりも遅く入った中途がニコニコしながら仕事を片付け始めた。
誘われなかったことは別にいい。別にいいけど、なんだか久々にビールを飲み

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【ショートショート】うちの旦那(毎週ショートショート 塩人)

「この野菜炒め、味薄いよ」
また旦那に料理の文句を言われた。
「塩ない?塩?」
私が無言で塩を渡すと、野菜炒めに適量(16振りくらい)振りかけた。
塩人(しおんちゅ)だ。

旦那は酒を飲む時、
「日本酒はほぼ水だから」と言う、
水人(みずんちゅ)でもある。

旦那は間違えて別の人の傘を持ってくる、
傘人(かさんちゅ)でもある。

旦那は温泉に入るとき、
「生き返る〜」と言う、
甦人(よみがえりんち

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【ショートショート】夏のおねえさん(春ピリカ2023応募)

【ショートショート】夏のおねえさん(春ピリカ2023応募)

風鈴が鳴る。
近くで霊柩車が通った。
「霊柩車を見たら親指は隠すんだよ。大事な人の死に目に会えなくなるんだって」
おねえさんは私の親指を両手で包んで言った。

私は小学4年生。霊柩車は何回か見てきたけれど、親指はむき出しだった。
それどころか手を振ったりしていたと思う。

おねえさんは、私の従姉妹で大学生だ。
夏休みに私の家に遊びに来てくれる。
おねえさんは優しくて、毎年いろんなことを教えてくれる

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【ショートショート】牛乳

今年のお盆は実家に帰らない。

外に出る気もおきない。

かと言って家でもすることがない。

何もすることがないと、今まで考えていなかったことも考えてしまう。

実家の家族の、健康。

あまり会わない親戚の、近況。

インスタを更新してない中学の同級生の、髪色。

お土産でもらったけどいらない、動物の置物。

わざと5分早く設定してある、時計。

「緑茶はカフェイン入ってるから夜は飲まない方がいい

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【ショートショート】ビール傘(毎週ショートショートnote)

【ショートショート】ビール傘(毎週ショートショートnote)

「私、2本あるから別に後ででいいからね。」

あの日、優しいあの子が貸してくれた白い傘。

突然の大雨で、カバンを頭の上に乗せて帰ろうとしていたら、声をかけてくれた。

一年生のときのことだから、きっと君は忘れてしまったよね。

すぐに返せばよかったけど、なんとなくそのままにしてしまった。

今日は卒業式。

最後の日だから、いつでも返せるように準備をしていた。

雨の予報ではなかったから、周りか

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【ショートショート】足が速いOL

【ショートショート】足が速いOL

あいつは仕事が遅い。
私は周りからそんな陰口を言われている。
仕事が遅いのは自分でも自覚をしているし、周りから言われるのも仕方がないとは思っている。

遅いのは仕事だけではない。
ランチでも周りよりも遅く食べ終わる。
無口な方なので、会話に夢中でとかではない。次の選挙でどの政党が良いだの悪いだの、今やっている4年に一度のスポーツの祭典で日本がメダルをとっただの、正直どうでもいい。

そんな私にも唯

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