王女が生まれた日 前編
ある小さな王国にユークという王子がいました。
近い将来王様になると期待されていました。
ユークは王国の民にも、城の家来にも誰にでも優しい少年で誰からも愛されていました。
国の誰もがユークが王となり、国を治めてくれる日を楽しみにしていました。
そんなユークには、ひとつ秘密がありました。
その秘密はユークの世話係をしている召使いのヘレナだけが知っていました。
ユークはいつものように朝の散歩と朝食を終えた後、部屋に向かいヘレナに声をかけました。
「ヘレナ、いつものように部屋には誰も近づけちゃダメだよ。」
「かしこまりました、ユーク様。」
「頼んでおいたあれ、部屋にある?」
「はい、用意してありますよ。」
「ありがとう、ヘレナ。」
そう言ってユークは部屋に入り、扉の鍵をかけました。
ユークの部屋に置いてあったのは、
煌びやかなドレスでした。
そう、ユークの誰にもいえない秘密とは、ユークは王子ではなく王女になりたいということでした。
その気持ちが抑えられないユークはこうして度々ヘレナに頼んでドレスを秘密で用意してもらい、部屋で着飾っているのでした。
「わぁ、とても綺麗なドレスだな。」
ユークは思わずつぶやいて、そのドレスを手に取ると表裏と何度も回転させ隅々まで見渡しました。
それから着ていた服を脱ぎ、ドレスに着替えました。
ユークの部屋には大きな鏡がありました。
ドレスを着てその鏡の前に立つと、言葉にならないほどの幸せな気持ちになりました。
それからユークは鏡の前で、これも以前ヘレナからもらった髪飾りやネックレス、イヤリングを身につけ、口紅を塗りました。
そうやって王女に近付いていくほど、ユークは幸せな気持ちになっていくのでした。
ただその幸福な時間は長くは続きません。
稽古の時間までにその化粧もアクセサリーも取り、ドレスも脱いでまた王子の姿に戻らなければなりません。
しばらく着飾った王女としての自分に見惚れたものの、すぐにユークは大きくため息をつくのでした。
一方で全てを知っているヘレナは複雑な気持ちでした。
ユークのことは我が子のように大切に思っているし、願いをなんでも叶えてあげたい、幸せになってほしいと思っています。
しかし王女になりたいというユークの願いが周りに受け入れてもらうには、たくさんの人の理解が必要だと言うことも、その難しさも強く感じていました。
自分の身分ではなにもできないということもわかっていました。
だからこそ、せめてものこの時間だけは守ってあげたい。
ヘレナは隠し事をしている罪悪感を感じながらも、そう思っているのでした。
そんなある日のこと。
いつものように、ユークが王女としての時間を過ごしていた時です。
突然鏡に映るユークがゆらゆらと波のように揺れたかと思うと、王女としてうつるユークが話しかけてきたのです。
「ユーク様。」
驚いてユークは後退りしました。そして助けを呼ぼうとしましたが、自分が王女の姿のままだということに気付いて足を止めました。
「怖がらせてごめんなさい。でも決して、悪いものではないの。わたしは鏡の精。
あなたのことをずっと鏡から見守ってきていたの。もしよかったら、私の話を聞いてもらえないかしら。
あなたの願い、叶えてあげたいのよ。」
鏡の精はそう言いました。
ユークは恐る恐る鏡に近づきました。
「ありがとう、ユーク様。
あなた、この国の王女になりたいと思う?それともこの部屋の中だけでいいかしら。」
突然の問いにユークは戸惑いました。
即答できずにいました。
鏡の精はそんなユークから言葉が出るのを、静かに待っていました。
しばらくして、ユークが答えました。
「できることなら王女として城の中にも外にも出たい。もう王子でいることはやめたい。
でも、それは無理なんだ。
お父様とお母様も城のみんなも国のみんなも、ぼくが王様になることを楽しみにしているんだ。王子としてのぼくを大切に想ってくれてるんだ。だから、、」
そこまで言った時、その後の言葉を鏡の精が塞ぎました。
「そうね、たしかにあなたは将来王様として期待されているわ。けど、それがなんだって言うの?ユーク様はユーク様です。
みなが愛しているのは、王子としてのユーク様ではないはず。ただ初めは受け入れられず、拒絶されてしまうでしょうね。
それでもあなたは王女になりたいですか?
覚悟があるなら、私が力になりますよ。」
鏡の精の強い言葉に、ユークはまた戸惑いました。
「ごめんなさい、ぼく、自信がない。
少し考えさせてほしい。」
そう小さく言うのでやっとでした。
それを聞いた鏡の精は優しく微笑み、
「ええ、もちろんそうしてください。
ただ、忘れないで。私はあなたの味方です。
そしてあなたはなんにでもなれるのだと言うことを。」
その言葉と共に鏡の精は消えたようで、元の鏡に戻っていました。
その日からユークは散歩中も食事中も、稽古中もずっと鏡の精との会話を思い返していました。
そしてヘレナに新しいドレスやアクセサリーを頼むことをやめました。
そのユークの行動の変化にヘレナは不安に思い声をかけましたが、ユークはなにも言いませんでした。
そんなある日、王子として街に出ていた時のことです。
ふと芸をやっている自分と同じくらいの子が目に止まりました。
芸が終わると観客が拍手をし、子どもの持っている帽子にお金を投げ入れていました。それを受け取って子どもは、お礼を言っていました。
ユークも思わず拍手をしていました。
明るく輝いていて、自信を持って芸を披露するその子どもがまぶしく見えました。
ユークに気付いた子どもが笑顔で駆けてきました。
「ユーク様ではないですか。はじめまして、ぼくはサラといいます。
ぼくの芸見てくれたんですね、嬉しいです。」
「とっても素敵な芸だったよ。また見たいな。」
「ええ、ぜひ。そうしましたらこちらにおかけください。」
そう言って小さな椅子を出してきて、ユークに座るよう促しました。
ユークが座ると、サラはユークのために芸を披露しました。簡単な手品からジャグリング、それから歌を歌いながらダンスを踊りました。
芸が終わるとユークは先ほどより大きな拍手を送りました。
「ぼくのためにありがとう。
サラと言ったよね。君みたいな男の子でも、あんな綺麗な高い声が出せるんだね。
ぼくも君みたいに綺麗な声で歌えるようになりたいよ。」
するとサラはにこっと笑い、
「ありがとうございます。歌は大好きで小さい頃から歌っていたんです。それとユーク様、ぼくは男ではありません。性別は女なんです。」
その言葉を聞いてユークは驚きました。
目の前のサラは、短髪でズボンを履いていて、喋り方も男の子っぽかったのでつい自分と同じ男の子だと思ってしまったのです。
「それは失礼をしてしまったね、ごめんなさい。気を悪くしてしまったかな?」
「とんでもない。」
サラは言いました。
「男の子のように見えるだろうし、実際そうみられたいとおもっているから、むしろ間違えてくれてやったって思っていますよ。」
「え、そうなの?」
「はい。」
サラの返答はどれもまっすぐで迷いがないものでした。
ユークはそれがとても不思議で、そして羨ましいと思いました。
「どうしてそんなに自信たっぷり言えるの?
その、君は女の子なのに男の子みたいなふりをして、周りから何か言われないの?」
「ぼくのことを心配してくださってるのですね。やっぱりユーク様は優しい方ですね。
もちろんバカにしてくるやつもいます。気持ち悪がられたりもしますね。初めは落ち込んで外を出るのも嫌になってたんですが、ある日気持ちが変わって。
そんなの、相手にする必要も気にする必要もないじゃないか。自分で今の自分のことを最高と思えていたら、周りなんかどうだっていいや、って開き直ったら楽に生きられるようになったんです。」
「こんなぼくがここで芸をしていたら、ぼくのように自分らしさを出したいけどできないでいる誰かに元気と勇気をあげられるかなーなんて思って。そんな日が来たらいいんですがね。」
そう言ってサラはまたにこっと笑いました。
もうできてるよ。
ユークは心の中でそう思いました。
それから思わずサラの手を強く握っていました。
「サラ、君は素晴らしいよ。
これからもその芸をぜひ続けて欲しい。
本当にありがとう。今日街に来てよかった。」
ユークの強い言葉に、サラは不思議そうにしていましたが
「ユーク様も大変だと思いますが、いつでも街のみんなのところへ遊びに来てくださいね。みんなユーク様のこと大好きですから。」
と言いました。
街から急いで城に帰ったユークは、ヘレナを呼びました。
慌てて息を切らしているユークにヘレナは戸惑い、
「どうしたのですか、ユーク様」
と声をかけました。
「ヘレナ、ぼくもう偽るのやめたい。
今日わかったんだ。ぼくは今日で王子をやめたいんだ。」
今までそんな強く希望を言ったことのないユークの決意に、ヘレナは困惑しつつも
「なにか街であったのですね。
わかりました、部屋でゆっくり話を聞かせていただけますか?」
そう告げて、ユークを部屋に案内しました。
ユークはヘレナに、街でのサラとの出会いの話をしました。
ヘレナは静かに真剣に、ユークの話を聞いていました。
話し終えるとヘレナはユークの手を取り、言いました。
「ユーク様。街で似たような境遇の方に出会え、勇気をいただけたのですね。それは素敵な出会いでした。しかし、あなた様はいずれこの国の王となる者です。
その方とは生活が違います。それはおわかりですか?」
「うん、わかっている。それでずっと誰にも言い出せず隠してきていた。でも、わかったんだ。ぼくは王である前に1人の人間、ユークなんだ。そのぼくの願いは、王女になることなんだ。この願いを忘れて、心の奥にしまい込んで王になることなどもうできない。
ヘレナ、ぼくはお父様とお母様にこのことを話したい。本当のぼくを見て欲しいんだ。
協力してもらえないかな。」
ヘレナは迷っているようでした。
しかし、迷いのないユークの瞳に負け
「わかりました。あなたがそこまで言うなんて。どんな結果になるかわかりません、厳しい現実が待っているかもしれませんよ。それでも構わないのですね。」
ユークは大きくうなずきました。
「そうしましたら、国王様と王妃様にユーク様がお会いしたいと言うことを伝えてまいります。ユーク様はどうなさいますか?」
「ドレスを着て、王女として会いに行くよ。その用意をしておく。」
「わかりました。」
そう言ってヘレナは部屋を出て行きました。
ユークは大きく息を吐くと、鏡の前まで行きました。
それからドレスを取りに行き、着替えアクセサリーも身につけました。
すると、鏡がまた揺らめき鏡の精が現れました。
「大きな決断をなさいましたね、ユーク様。」
「うん、でも怖くなってきたな。気持ち悪がられたり、嫌われたりしてしまったらどうしよう。もう王子でもいられないかもしれない。」
「それは行動を起こしてみないとわからないことです。が、しかしこれだけは言えます。
あなたの味方は必ずいますよ。」
その言葉に、ユークは小さく微笑み返しました。
夜、国王と王妃のいる王の前にユークは招かれることになりました。
ヘレナが迎えにきてくれました。
「ユーク様、この扉を開けたらもうあとには戻れません。家来のものにもあなたの姿を見られることになります。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。」
ヘレナはうなずくと部屋の扉を開けました。
✳︎ひとこと✳︎
前編終わりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます😌
このテーマ、物語として書いていいものか
少し悩みました。
ただ性別や性格、本当の自分を出せずに悩んでいる人ってたくさんいるんじゃないかなって思って
そんな人たちのことをたくさん考えて書きました。
ユークは今後どんな道を歩むのでしょうか。
後編もお楽しみに😌
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