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三足歩行の次女帰宅編

先日書いた「限界!!コロナ渦の重心障害者とその家族」の続き

三足歩行になって退院したわけですが、手放しに喜べる状況ではなかった。
松葉から手を離したら転ぶからダメなんだけど。そう言うことではなくて…

前回のおさらい

前回の書き方だと時系列が少し違うと母に言われた笑 とりあえず、押さえとくべきことは、、、

私の入院前日、ちーやんの施設でコロナ陽性者が出た!!!

通所先一時閉鎖・訪問介護1週間は来れない!
介護は家族に全部任せた!!

介護者、限界寸前…
それでも1週間乗り越えれば…

次女退院予定間近 
ちーやんいつもの体調不良(寝ない・食べない・飲まない・熱!)

松葉杖の次女が帰ってきた

念のためのPCR検査

また、1週間は訪問介護、レスパイトケア受けられず…

つまり、ちーやんの介護疲れが積もり積もっているときに、ちーやんが体調不良になり、訪問介護もレスパイトケアも受けられず、精神的にも参ってる最中、松葉杖で次女が帰宅したわけ。そりゃあ、叫びたくなるわ。

三足歩行の次女帰宅

無事、膝の手術を終え私は一抹の不安を感じながらも退院した。
不安因子はちーやんの体調不良。
いつものことだから大体想像つく。だからこそ、不安だった。
寝ない・食べない・飲まない。そして熱
こうなってくると、オカヤマ家はいつも以上に介護に看護にバタバタだ
そんな中、私は退院していいのだろうか。動けない人が増えて負担が増えるだけだよな、、、

そして、昼夜問わず、ちーやんの泣き叫ぶ声に、私は耐えられるのだろうか。
正直、ちーやんを気遣う余裕などなかった。自分も痛いし、寝れないから。
バタバタのオカヤマ家に帰って足を蹴飛ばされないかも心配だった。ちょっとぶつかっただけで激痛が走る。
このまま病院にいた方が、私にとっても家族にとっても都合がいいことは自明だった。退院日が近づくほど、退院できる喜びよりも家に帰る不安の方が募っていった。

不安で破裂しそうな風船を抱えて退院の日を迎えた。隣のベットで仲良くなった「不時着した13さいのキミ」との別れを惜しむ間も無く退院した。父が私を迎えに行った後、すぐにちーやんを救急に連れていくというハードスケジュール

家に着くと、ちーやんに鼻に入れたチューブから栄養を入れてる最中だった。睡眠薬のせいで、寝付けそうで寝付けない半目で、いかにも具合の悪そうな顔をこちらに向けていた。病院で共に過ごした誰よりも、顔色が悪かった。
横で、鼻から栄養をあげてる母は誰が見ても疲れ果ててた。私が入院していた間、いつもの闘いがあったことは知っていた。
それでも、訪問介護が来れないことや施設に通所できないことで、一人で抱えていた介護と看護がどれほど大変だったかは、想像できなかった。

松葉杖で帰ってきた私を待っていたのは、戦力外通告
ちーやんのトイレとかお風呂を手伝う以前に自分のトイレも危ういわけだから、当たり前か。

そして、私には重大任務が課された。
「邪魔にならないこと」今思えば、直接言われたわけではない。暗黙の了解。
導線の邪魔にならないこと。
ちーやんの介護・看護の邪魔をしないこと。

でも、すぐに邪魔になってしまった。
まず、松葉杖が邪魔だ。ちーやんの室内用車椅子が通るときどうしても邪魔になる。そして、ちーやんに倒れたりでもしたら危険だ。
そうして私と一心同体だった松葉杖は、家に帰って数分で片付けられた。
二階の自室に上がれない私は椅子に座ったままか、ベットに横たわったまま。物凄い不自由。移動したいとき・モノを取りたい時は誰かを叫んで呼ぶしかない。母は、ちーやんに手一杯。
ということは、、、こんな時、必ず犠牲になるのが弟の宿命。かわいそうに。
絶賛反抗期なのに、やさしいから反抗し切れないで、無視したり悪態ついたりしながらも渋々手伝う弟よ、反抗できないのストレス溜まるよなぁ。

私は、その辺りから会話が不自然に…
「お茶飲みたいんですけど、今お手すきですか?」とか
「歯を磨きたいので、お水と歯磨き粉とコップ頂いてもいいですか?」とか

自分でできないことの方が多いし、負担を大きくしていることがわかっていたから自然と敬語になった。ぎこちない空気感が流れる。「まあ、仕方ない。」と言い聞かせるも、目の前でため息つかれると流石にメンタルやられた。

それでも、あともう少し頑張れば病院でちーやんを預かってくれる(レスパイトケア)って思ってた。

決定打の再PCR

母は、ちーやんの介護・看病&松葉杖の娘の介護で疲弊
父は、慣れない介護に疲労困憊。出勤前も介護。帰宅後も介護。
弟は、反抗期を一時停止。母にも私にもこき使われてストレスフル
私は、術後の痛み&自分が負担をかけていることに落ち込みメンタルダウン

全員フル出場。フル稼働。ストレスフル!
(あ、私はベンチだった、、、何もできないのは何もできないのでつらいのよ?)

そして、体調不良のちーやんは、発熱したのが4連休前日。
なんと、4連休に差し掛かり、病院行けず。またもやナイスタイミング

はい、続投決定
熱は1日で治り(いつものこと)、食べない・飲まない・寝ない、いつものちーやんと4連休をやっとの想いで乗り越えた週明けには、軟食を口から食べるようになり、夜は寝てくれないけど昼寝はするようになった。

でも、時期が時期なので念のため病院に連れて行き、念のためのPCR検査

すると、先生たちがここで決定打を放つ。

「お母さん、PCRの結果が出るまであと二日がんばれますか??」

変化球でもなく、ストレート。ド直球。で、レッドボール。精神的損傷
ここまで半月近く、誰の手も借りられず頑張ってきた母は、ここで力尽きた。
でも、マウントを降りたくても降りられないのが介護であり子育て。今回は、代打も代走もいない。

家に帰ってきた母は、「もう、何もしたくない」とポツリと言いちーやんの横に倒れ込んだ。で、爆睡。するわけにもいかず、ちーやんを横目に気にしながら録画していた韓ドラをただただ消費していた。

ちーやんのPCRの陰性が出るまでの二日間は、オカヤマ家は暗かった。
お先真っ暗。家の外壁工事で、シャッターを閉めないといけなかったから物理的にも暗かった。太陽は浴びたほうがいい。精神衛生的に環境も良くなかった。

わたしのリハビリも外来診察も延期された。(危うく坐骨神経痛になるとこだった…)

待ちに待った2日後
ちーやんは陰性。
結果を聞きに行ったオカヤマ家が限界寸前なことを話し、次女も戦力外なことを伝え、交渉をして…
というより、母の疲弊しきった状況で病院側が何かを悟ったらしい。

ここまできて、やっとレスパイトケアを受けられることになった。

ふぅ、、、文字にしても長いけど、実際はもっと長かった。

まとめ:コロナ渦の重心障害者とその家族

やっと、まとめに入れる!ちーやんが具合悪くなるこの一連の流れはいつものこと。今回、どうしてこんなに大変だったかというと、コロナ渦に巻き込まれたから。(と三足歩行のわたしがいたから…)

・愛だけで介護はできない

今回学んだことは、これよ。これ。
ちーやんのことはみんな大好き。いつもタイミングよく具合悪くなるだけで、何にも悪くない。そして、神学部だし愛は何にも勝ると信じてるけど、

愛があるなら介護は家族でできるだろ。ってのはちょっと違う。

愛があっても、体力的にも精神的にも辛くなることはある。愛だけで介護はできない。そんなきれいな話ではない。

介護のサービスを受けられて、無理なく介護を続けられることが一番大切。
確かに介護に自己犠牲はつきものだけど、介護する人が倒れたら、真に介護を必要とするちーやんみたいな人は自力で生きていけないでしょ?

第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい』
新約聖書 マタ22:29

キリスト教では隣人愛って教えがあるのね。一般的にも知られてる隣人愛だけど、隣人愛って自己犠牲の上にあるわけじゃない。

隣人を自分のように愛しなさい。
まず、自分!ってはっきり書いてあるじゃん。

介護にエッセンスとして相手への愛は必要だけど、基盤はそこにおいちゃダメ。
(愛がなければ無に等しいとか言うと、ややこしくなるから置いといて)

介護とか育児で自己犠牲的になりすぎてる時は、止まってみて。
あなたも大切な愛されるべき人で、ケアされるべき人だってこと

恥ずかしいので、遠回しに母に伝えます笑

・公的なサービスは初めての事例・特殊案件に弱い

通所施設、訪問介護、病院、レスパイトケアなど社会的資源は、普段はケアマネさんがちーやんを中心にケア体制を作ってくれて、ものすごく心強い味方になってくれる。

でも、初めての事例・特殊案件には弱かった
レスパイトケアの受け入れ先の施設でも、訪問介護サービスも、利用者の周りでコロナの陽性者が出たのは初めてだった。
ケア体制が強固だからこそ、一つのサービスが止まるとそれまでのケアネットワークが崩壊する。「こっちが無理なら、ここに頼もう」ができない。
病院も親身になってくれるけど、規定重視。ダメなものはだめ。冷たく聞こえるけど、これも命を守るためだから仕方ない。

・「念のため」が負担を増大させた

ちーやんの体調不良はいつものことだって、実際はみんなわかってた。家族も、主治医も看護師さんも、ケアマネさんも。長年の付き合いだもん。
それでも、ご時世だから「念のためにPCR」良かれと思ってやったこと。それが裏目に出た。

主治医も看護師さんも言ってた
「念のために、PCRを。と言ったけど、その一言で介護サービスが全て停止すると思いませんでした。」って。

医療側と福祉側の連携がうまく取れてなかったのね。もし、医療側が福祉側の状況を知っていて、「PCRを受けた人は陰性の結果が出てから1週間は福祉サービスは受けられない。」ということを知っていたら、、、
「PCRを受ける前に少し様子をみましょう」とか。
「1週間の介護負担があるかもしれないけど、いいですか?」とか言えたと思うの

これは、各病院や訪問介護によっても違うけど確認すべし!


コロナ渦でケアのネットワークから切り離されたのはオカヤマ家だけではないってこと。オカヤマ家は、決してレアではないです。(レアなのは松葉杖次女)

それで、コロナ渦でサービスから孤立している家族が周りにいたら、声をかけてあげて欲しい。介護を手伝うことはできないかもしれないけど、気にしてくれてる人がいるだけでだいぶ心持ちが変わるの。少なくともオカヤマ家は。


と言うことで、オカヤマ家は半月に及ぶ闘いを終え、無事にちーやんをレスパイトケアに送り出し、平安を取り戻しました。めでたし。めでたし。

いやぁ長かった。
文字も。レスパイトケアまでも。



追記
めでたし。めでたし。で終わらなかった…

なんと、ちーやんのレスパイト先の病院でコロナの陽性者が…
これは、迎えにきてくださいのパターン??!それともまた念のためのPCR?!

コロナに振り回されてるね〜

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