第50回 スローなブギにしてくれ


カクテルというものには、未だに気取ったイメージがつきまとう。バーなんかに連れて行かれたら何を頼んでいいかわからない、という人も多いのではなかろうか。

かつてはカクテルといえばハードボイルドなイメージが強かった。ギムレットなどのスタンダードカクテルには特にその印象がある。ジンにライムジュース(本来はコーディアル・ライム)を加えてよくシェイクしたこのカクテルは、レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』の中に登場し、「ギムレットには早すぎる」というセリフで有名になった。
そのほかにも007ジェームズ・ボンドが愛したドライ・マティーニ。ジンとベルモットのカクテルだが、ベルモットの比率を少なくしたものをドライ・マティーニと呼び英国紳士の嗜みだそうだ。ベルモット1滴にジンを加えたエキストラ・ドライ・マティーニなどというものまであるのだが、これはもうほぼジンだろう。
これらはショートカクテルと呼ばれるもので、いわゆるカクテルグラスに入って供される。ショートカクテルとロングカクテルの違いは、氷が入っているか否かとのこと。ショートカクテルは氷を入れずに短時間で飲み干すもので、ロングカクテルは氷が入っているのでぬるくなることはないためゆっくり時間をかけて飲む。アルコールの度数に関しては特に区別はないらしい。
マイタイやピニャコラーダといったトロピカルカクテルは、甘くて飲みやすいのでついジュースのようにぐいぐい飲んでしまうのだが、カクテルというからにはアルコールが入っている。カラフルで可愛いパラソルピックや刺さっているパイナップルに騙されてはいけない。

10代の時なぜかカクテルの知識に懲りだし、レシピ本を買っては勉強していたことがあった。未成年なので当然実際に飲むわけにはいかなかったが、知識と薀蓄はたんまり溜め込んだ。
そして今だから白状するが19歳の予備校生時代、同級生とこっそり行ったのが、かつて銀座のソニービルの1Fにあった「パブ・カーディナル」である。午後比較的早い時間だったので、まだ客もまばらだったが、仄暗い店内は夜の気配を濃厚に漂わせていて、なんだか一足飛びに大人になった気分だった。
そこで私が頼んだのは何かというと、これがまた今考えると失笑してしまうのだが、ルシアンというショートカクテルだ。ルシアンは、ウォッカとジンにカカオ・クレームを加えたアルコール度数30%になる非常に強いカクテルで、チョコレートのような風味に騙されて飲むと、別名レディキラーといわれるようにダウンしてしまうというかなり危険なものだ。格好良さそうだから頼むというまさに中二病と言える行動なのだが、幸いにして私はアルコールに非常に強い体質であった。特に酔うこともなく「美味しかったねー」と友人と帰ったのである。そういえばその友人は何を頼んだのだっけ…。

カクテルは何を頼めばいいかわからないという人は、まずベースとなる酒を決めるといい。ジンかウォッカかラムかウィスキーか、などなど。その上で、フルーティなのとかさっぱりしたのとか、だいたいのイメージを伝えると、大概バーテンダーがこちらの意図を汲んで良さそうなカクテルを作ってくれる。
そもそものベースの酒がわからんという人は、まあなんでもいいから頼んでみて、気に入ったらそれが何がベースかを聞いてみればいいのだ。それこそ数え切れないほどのレシピがあるのだから、かえって臆することなく尋ねるに限る。
今度はひとつ「少女に相応しいカクテルを」と言って注文してみよう。少女という概念についてどのようなイメージを他人が持っているのか、興味深い。
ちなみに私は、かのルシアンこそ少女に相応しいと思っている。
下手に近づくとえらい目にあいますよ、という点で。


登場した店:「パブ・カーディナル」
→外堀通りに面した半地下の店だった。どう見ても未成年だっただろうに、よく注文を聞いてくれたものだ。
今回のBGM:「Desire」by Paloma Faith
→コンバースとコラボしたというMVの、凶暴で格好良いことといったら!


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