187回 ピカピカの一年生
ラン活、という言葉をご存知だろうか。
知ってるという方はおそらく身近に小学生の子供がいるに違いない。
ラン活というのは就活や婚活といった言葉にちなんだ造語で、「ランドセル活動」のことである。それはなんぞやと思われるかもしれない。私もなぜランドセルのために活動しなければならないのかと、最初疑問だった。
ところが実は近年このラン活が激化しているそうなのだ。
いまでも日本の小学生は、1年から6年までランドセルを背負って登校するのが一般的である。
なかには京都府の一部の市のように、「ランリック(またはランリュック)」というナイロン製の安価で軽量のリュックサックを推奨しているとこともあるが、大多数の地域ではランドセルが主流だろう。
かつて私の小学生時代は本革製が主流だったので、ランドセル自体が結構な重さだった。それに教科書やノートを入れて背負うのだから、まだ幼児に毛が生えたくらいの体格の小学校一年生にとっては、かなりの苦行である。
クラリーノという人工皮革が昭和45年からランドセルの素材をして使われ始め、昭和60年頃からは主流になってきているというので、いまの子供たちの負荷が少しはましになっているといいが。
毎日背負われ、ときに放り投げられたりもするランドセル。
6年間のあいだほぼ連日の使用に耐えられる強度を保つには、それなりのノウハウがあり、熟練の職人が手縫いで仕上げるランドセルは、何百もの工程を経て出来上がる。
そのためランドセルの価格はかなり高価になる。もちろん1万円代の手頃なものもあるが、主要なメーカーの価格帯は5~6万である。なかには高級皮革のコードバンを使った10万円近くする工房製作のものもあるが、それは横に置いておくとしても、親にとっては結構な出費となるだろう。
しかし、だ。ランドセルを購入する際、実際にお金を出すのは親よりも祖父母というパターンが多いらしい。そうなるとちょっと高くても孫のためにと、財布の紐が緩む場合もある。どの家庭もそうではないので、痛い出費であることは間違いない。
さてそこでラン活である。
新入学は4月なのだからその前に買えばいいなどと、気楽にかまえていてはいけない。ランドセルの新作は、前の年の4月に発表されるのだ。そのあたりで展示会が開かれるため、実際には7月頃には予約のピークが訪れ、人気商品は売り切れが出始めてしまうという。
なんといってもランドセル購入は一大イベント。高価な買い物であるだけに、じっくりと選んで満足のいくものを手に入れたいと思うのは道理だ。事前にカタログを請求して、動画でチェックし、展示会で実物を確認。そこまでするのが、ラン活というわけである。
しかしここでまた厄介なのが、親もしくは祖父母が良いと思うものと、子供が欲しがるものが異なる場合がままあるということだ。
昭和の頃はランドセルといえば、男の子は真っ黒、女の子は真っ赤と、判で押したような暗黙の了解があったし、またその他の色の選択肢自体殆どなかった。私は本当は黒が良かったのだが、即却下された。かといって真っ赤はどうしても嫌だったので、なんとか見つけた渋い海老茶と臙脂の間のようなかろうじて「赤」の範疇にある色のものを選んだ。
今は色も選びたい放題であるが、面白いことに選ぶ色は、女の子の方がバリエーション豊かであり、男の子は保守的だそうだ。もちろん親の意見も入っているだろうから一概にはいえないが、男の子ももしピンクが好きなら、同調圧力なく選べるようになると良いと思う。
刺繍が付いた装飾性の高いランドセルも発売されており、なかにはスチームパンク風などというものもある。ただあまり奇を衒ったデザインを選んでしまうと、あとで飽きたり気分にそぐわなくなったりする可能性もある。
なにせ6年間使うのだ。そこのところはよく考えた方がいいかもしれない。
最近では小学校の教材にタブレットを用いるところも多くなっているため、それに合わせてランドセルの大きさも、以前よりも少し縦長のA4フラットファイルサイズが多くなっているそうだ。
2014年にハリウッド女優がベージュのトレンチコートに真っ赤なランドセルを背負って出かける姿の写真が話題となり、「大人ランドセル」なるものが各国のお洒落な人たちの間で流行した。私も本物のランドセルを購入して使ってみたが、重い上にマチの幅が大きいのでかなりかさばる。大人用にスリムにアレンジしたものの方が使い易いことは確かだった。
ランドセルは縦長だが、サッチェルという英国の伝統的な学生鞄である横長のものもなかなか使い易い。
いずれにせよ背中に背負うタイプのカバンは、均等に重さがかかるので、斜めがけのものよりも成長期の子供の体には適しているだろう。
本当のことを言えば、どんなカバンで小学校に通うのも自由だと思うのだ。制服やカバンの仕様が決まっている学校ならともかく(そういうところはわざわざ選んで通うだろうから)、好きな格好で好きなカバンを持っていけば良い。
しかしそうはいかない窮屈な社会の中で、赤と黒だけではない色とりどりのランドセルを背負って駆けていく小学生を見ると、ちょっとほっとする私であった。
登場したアイテム:ランリック(ランリュック)
→昭和43年に京都のマルヤスという会社が開発した「軽くて安価で丈夫で視認性が高い」リュックサック様のカバン。普通のランドセルの重さが1.1~1.4kgに対して、ランリックは700g。価格も1万円程度で6年間保つ。少しでも子供と親の負担を軽くしたいという開発動機が活かされている優れものである。
今回のBGM:「昭和享年」by 戸川純
→赤いランドセルと黄色い帽子で鮮烈な印象を与えた戸川純。このカバーアルバムに入っている平沢進プロデュースの「ヴァージンブルース」が素晴らしい。
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