209回 文人墨客


最近は同人誌のことを「薄い本」や「ZINE」と呼ぶことがあるようだ。
「同人」とは、同じ趣味や目的を持っている集団または団体を指す言葉であるが、不思議なことに個人で使ってもいいらしい。確かに一人で出しても同人誌と呼んでいたが、よく考えるとなんとなく意味と齟齬を来すような気もしないでもない。薄い本やZINEならそんな心配をしなくても良いので、個人で出すならこちらの方がしっくり来る。
出版社から発行される出版物ではなく、流通ベースに乗らない趣味の小冊子だった同人誌。それがいまや巨大な市場となっているのだから、時代は変わるものである。

当初「同人」という言葉は、文学の分野から使われ出した。
明治時代に、尾崎紅葉等が所属していた「硯友社」という文学団体で回覧されていた『我楽多文庫』が、確認されている中で一番古い同人誌とのこと。その後、夏目漱石や正岡子規などが参加した有名な『ホトトギス』や、アララギ派の歌人の『アララギ』といった同人誌から、多くの文学者が輩出されている。歌壇の場合は同人ではなく「結社」という言葉を用いるが、要は同好の士ということである。
時代は下り、1970年代頃から次第に漫画の同人誌が増えてくる。現在一般的に同人誌といえば漫画関係を指すことが多いが、当初は上記のような文学関係の同人誌と区別するために、SFファンが用いた「ファンジン」という言葉を借りたこともあった。それが1990年代になると、同人誌と言えば漫画という方が常識となっている。

実は中学から高校にかけて、漫画好きな友人と一緒に同人誌を作っていた。当時はまだ二次創作というものはあまり日の目を見ていなかったので、創作漫画の同人誌だ。
各地に「漫画同好会」が出来て、盛んに同人誌を出版し始めた頃である。SNSなんてものは当然なかったので、雑誌に掲載された情報を元に手紙を書いて通販を申し込んだりしていた。最近Twitterで話題になった定額小為替という手段が大活躍した時代だ。現金書留は料金が高いので、手数料が安い定額小為替を郵便局で購入して封筒に入れて送り、代金を支払っていたのである。
私が同人誌を作り始めた頃は、さすがに青焼き(湿式のジアゾ式コピー)ではなく、現在も使われている方式を用いたコピー誌だった。コピー自体がまだ高かった時代だったので、何十部も作る予算がない。もちろん製本などではなくホッチキス止めの、いかにも手作り感満載のものだ。
20代になってからは、コピー誌ではなくオフセット印刷に格上げしたが、当時は町の印刷屋さんも同人誌なるものに疎かったので、なかなか交渉が大変だったことを覚えている。

いまでは世界最大の同人誌即売会となったコミックマーケットが始まったのは、丁度私が同人誌を作り始めた中学生の頃である。コミックマーケット、通称コミケは1975年12月21日に初めて開催された。「サークル」と呼ばれる漫画同好会が増えて、その交流の場が求められたのが大きな要因と思われる。
私が初めてコミケに参加したのは確か、1979年に大田区産業会館で開催された第13回目だったと思う。その少し前、萩尾望都のレコード発売イベントに並んでいた際に、米澤嘉博氏自らから手渡されたコミケット準備会のチラシを見て興味を持ったのが、参加のきっかけである。
参加といっても売る側ではなく買う側であったが、プロアマ問わず様々なサークルが出展しているコミケは、ワクワクと心躍るイベントであり、それは今も変わらないだろう。

当時はまだどのサークルも規模はかわいいものであったが、参加サークル数が膨大に増えて会場も晴海、幕張、ビッグハットと拡大していくにつれ、ちょっとした出版社の発行部数を越える規模の同人誌を売り捌くサークルも目立つようになった。
創立当時の目的であった創作中心の即売会は、次第に二次創作中心となっていく。無名の作家の創作よりも、人気のジャンルの二次創作の方に人気が片寄るのは仕方ない。BLや腐女子といった単語が一般的になり、男女問わず成人向けの内容も増えてきた頃から、隠語として「薄い本」と呼ばれるようになった同人誌。
現在はサークルというよりも個人で作る方が多いのだと言う。漫画ではなく、文学やアート関連の小冊子は、区別するためもあるのだろう、「ZINE」とも称されている。

昔切ったり貼ったりして入稿していた原稿も、いまやDTPでデータ入稿になった。フルカラー印刷も簡単にできる。
同人誌は愛の産物だ。ファナティックな熱量と行動力によって生み出されるそれには、各人の対象への愛がいっぱい詰まっている。
同人誌よ、永遠なれ。


登場したレコード:萩尾望都氏のレコード
→1979年に発売された、知る人ぞ知るLPレコード。タイトルは「エトランゼ」で、なんと萩尾望都氏が作詞・作曲・歌唱しているのである。意外と言っては失礼だが、耳馴染みの良い楽曲で優しいお声であった。大手ビクターから発売。まだどこかに持っているはず。
今回のBGM:「シノニムとヒポクリト」by ササノマリイ
→ボカロPも同人音楽CDを頒布することがあるそうで、音楽の世界でも同人誌はあるのだなと思った。こちらはねこぼーろという名のボカロPとして活躍していたササノマリイが、シンガーソングライターとしてメジャーデビューしたCD。ここに入っている「オノマトペメガネ」が好きすぎる。


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