205回 上医医国、中医医人、下医医病


病院に行くのが好きという人はそう多くないだろう。
なんともないのに行くところではない。そもそもなんらかの体調不良があるから行くのであり、行けば治るかもという期待をもっているにしても、気は重い。元気な時に行く人間ドックでさえ、いろいろな検査をされると思うとそれだけで具合が悪くなるという人もいると思う。実際毎年の上部消化管内視鏡検査(所謂胃カメラ)が辛すぎて、という愚痴は周りでもよく聞かれる。
かくして病院は、行きたくはないが行かざるを得ないという微妙な立ち位置を保つことになる。

白衣高血圧という言葉があるように、病院に行くだけで緊張して血圧が高くなる人もいるくらい、病院の敷居は高い。
インフルエンザの予防接種のアルバイトをしていた時は、まだ診察室にも入っていないのに泣き叫ぶ子供で待合室が阿鼻叫喚だったりした。あまりに泣きわめきすぎて、実際に針を刺されたのがわからないという滑稽な状況もままあったりする。
大人も子供も不安と緊張でいっぱいになる場所、それが病院。

ここで少し整理しておくと、上に書いたような場面は外来診療でのことになる。外来というのは、その都度訪れて診察や治療をする場所だ。
入院となるとこれはまた別で、同じ不安と緊張でもそこに一抹の安堵と諦観が混じるようになる。それは目的が既にはっきりとしているからだろう。検査入院にしろ、なんらかの治療のための入院にしろ、目的がはっきりと決まっているため、若干の不安の軽減はなされるに違いない。
そしてひとくくりで「病院」と一般的に呼ばれる施設は、実際には法律的に「病院」と「診療所」という区分がなされている。20床以上の病床を持っているのが「病院」で、19床以下または病床がないのが「診療所」である。
いま結構多い「クリニック」というのは、ほぼ診療所とイコールと考えていいだろう。「〇〇医院」というのも診療所と思って良さそうだ。

我々が日常お世話になるのはこの診療所である。「かかりつけ医(ホームドクター)」を持ちなさいとよく言われるが、それはこの診療所クラスの気軽に相談ができる近医(自分の生活圏内で開業している医者)に普段からかかっておいてね、ということなのである。
明らかな異常でない限り、いやそれであったとしても、その患者さんの普段の一番フラットな状態がどの程度なのかを知ることはとても大切だ。診察室で測る血圧が高くても、家で測ればそれほどではないことなど日常茶飯事である。なので医者は血圧手帳などというものを渡して、毎日同じ時間に測って記録するように指示したりする。
コロナ禍でいきなり頻繁に測る羽目になった体温も、普段その人がどれくらいかによって異常かどうか判断する手がかりになる。
いつも平熱が37.1℃と高めの人が37.5℃でも、それが発熱によるものか陽にあたってきたからなのかはすぐにはわからない。しばらく時間を置いて再度測定した上で、他の症状がないかなど総合的に判断する必要があるだろう。反対に平熱が35.8℃の人が37.5℃になれば、明らかにこれは発熱だなと考えるし、倦怠感や熱感など他の症状も出ると思われる。
どんな病気でもそうだが、異常を知るためにはまず正常を知らなければならないのだ。

仕事柄病院は職場なので、患者として緊張することはないが、診察や治療をする側としては常時緊張していなければならない。直接の医療業務以外でも、このコロナ禍では病院内にウイルスを持ち込まないために、旅行も外食も何年も控えたままだ。
発熱外来にかかれない、持病があるのに病院に行けない、救急搬送ができない。患者の立場では大変な状況が続いている。イライラして待合室で病院スタッフに暴言を吐いたり粗暴を働いたりする人もいて、問題になっていると聞く。
全国の医療従事者たちは、それぞれの立場でできることを懸命にやっているはずだ。彼女彼等だって不安と緊張を強いられているのは同じである。

コロナ禍という非常事態は、個人や社会の本当の有り様を明らかにしたのかもしれない。
それが優しさや思いやりである場合もあれば、身勝手や横暴になる場合もある。どんな時も冷静に泰然自若となれるほど修行は積んでいないが、それでも他者の存在をないがしろにすることだけはするまいと思う。
非常時だからこそ、当たり前のことを当たり前に行いたい。
問われるのは平常心なのだろう。


登場した検査:上部消化管内視鏡
→まず検査をするドクターの腕に因る。上手い人は本当に上手い。ファイバースコープは昔よりかなり細くはなったが、それでも苦痛という人は経口ではなく経鼻で挿入する方式を選べるようになっている。それはそれで鼻の奥が痛そうだが。一番辛いのは嘔吐反射が強く出る人で、検査中ずっとそれで泣きながらえずいていたという話も聞く。なぜか私はへっちゃら。(検査されるのが)得意。あまり自慢にならないのが悲しい。
今回のBGM:「11」by 中山うり
→このアルバムに入っている「風邪薬」という楽曲はしみじみと沁みる。病に一番効くのは、休養と幾許かの希望。


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