214回 魔物の一撃
最近やっと足が攣らなくなった。
なったことがない人には、こむら返りのあの悶絶するような痛みはわからないだろう。あ、攣りそう、と思った時には既に手遅れで、あっという間にふくらはぎが劇的に収縮してしまう。そうなるともう、一生懸命足先を引っ張ってそらしたりなんとか伸ばそうとしても、思い切り収縮してしまった筋肉を解除することはできず、しばらく足を抱えて唸っているだけになる。
ヒールのある靴で長時間あるいたり、寒い場所で足が冷えたりすることも、トリガーになる。夜寝ている時にふとした拍子に足先を伸ばしただけで、スイッチが入ってしまうこともある。油断も隙もない。
こむら返り、正式な医学用語では腓腹筋痙攣という。腓腹筋というのがつまりふくらはぎの筋肉のことだ。
限局性の有痛性筋痙攣のことをまとめて「こむら返り」と言っているので、実際は腓腹筋だけが攣るわけではない。足の趾が攣ることもあるし、手の指だって攣る。寝違えて首が攣った経験がある人もいると思う。骨格筋があるところならどこでも攣る可能性はあるのだから、恐ろしい。
痙攣とは、筋肉が自分の意志とは無関係に不随意で襲撃な収縮を起こすことである。これには収縮と弛緩を繰り返す間代性と呼ばれるものと、持続的に収縮する強直性のものがある。こむら返りは強直性の痙攣なので、ずっと痛い。とても痛い。
こむら返りの原因と言われているのは、電解質の異常である。
急激な運動や発汗・下痢などの脱水時に、急性の細胞外液低下が起こる。そうするとカリウムやカルシウムといった電解質のバランスが崩れて、筋肉が収縮すると言われていた。しかしそういった場合でも攣らない人は攣らない。ではなぜ攣りやすい人がいるのか。
最近わかってきたことによると、多くの場合根本的な原因となるのは、マグネシウム不足だと言われている。
カルシウムとカリウムは、筋肉の収縮や神経の伝達をスムーズにする。マグネシウムはこの2つのミネラルを調整したり、収縮した筋肉を緩める働きがある。また筋肉に存在する腱紡錘という過収縮を予防するセンサーは、マグネシウムが不足すると機能が低下してしまうので、そうなると筋肉は弛緩するのが難しくなってしまう。
マグネシウムは、脱水や激しい運動で消費され、また利尿剤でも体外へ喪失する。局所の冷えも抹消の循環不全を来すので、筋肉中のマグネシウム不足を悪化させる。
そして日本人は概ねマグネシウムの慢性的な摂取不足なのだそうだ。我々は足が攣りやすい国民だったのだ。これはおそらく水の影響と睨んでいる。日本の水は軟水なので、マグネシウム濃度は低い。ヨーロッパの水は硬水だ。飲むとお腹を壊すほどのマグネシウム濃度を保つ水もある。
マグネシウムを多く含む食物というと、穀物の糠や胚芽、アーモンドなどのナッツ類、ゴマ、ワカメなどの海藻がある。ただこれらを毎食食べるかというと、それ程ではないだろう。意識しないとマグネシウムを食べ物から摂るのはなかなか難しい。
便秘薬として長い歴史を持つものに、酸化マグネシウムというものがある。業界用語でカマと呼ばれるこの薬、その名の通りマグネシウムである。
ということで、この酸化マグネシウムのこむら返りに対する効果というのが何十年も研究されているそうだ。なんでも2021年に行われたウクライナ(!)の調査で、効果が証明されたとのこと。
そうは言っても、酸化マグネシウムは元来下剤である。飲み過ぎれば下痢をする。そうなると今度は脱水の危険が高くなり、マグネシウムはかえって失われてしまう。悩ましいことである。
そこで登場するのが、足が攣る人の常備薬、芍薬甘草湯。
ツムラでもクラシエでも「68番」といえばこの芍薬甘草湯だ。
漢方薬というと、長期に内服することで効果が出るというイメージがあるが、この芍薬甘草湯は頓服で飲んで即効性がある。登山をする人の間では、この68番が合言葉のように、携帯必須の装備として知られているという。
漢方薬では珍しく、その名の通り芍薬と甘草という2種類の生薬のみで構成されていて、その作用機序も解明済みだ。芍薬に含まれるペオニフロリンがカルシウムイオンの細胞内流入を抑制し、甘草に含まれるグリチルリチン酸はカリウムイオンの流出を促進する。そのふたつが合わさって、神経筋シナプスのアセチルコリン受容体に作用することで、筋弛緩作用を発現することがわかっている。たとえマグネシウムが足りなくても、ダイレクトに筋肉を弛緩させるわけだ。
芍薬甘草湯にはさんざんお世話になっているが、本当に良く効く。顆粒をそのまま水で流し込んでも10分も経たないうちに楽になるが、水と一緒に口に含んでブクブクすると、口腔粘膜から吸収されてより早く効果が現れるとのこと。今度やってみよう。
動く前にはよくストレッチをすること。水分をこまめに摂ること。食事にゴマや海藻を加えること。身体を冷やさないこと。
結局当たり前に健康的な生活をしていれば、そうそう足が攣ることはないということだ。最近こむら返りが起きないのは、そういうことか。
登場した水:ヨーロッパの水
→世界最高のマグネシウム含有量を誇るのは、DonatMg(ドナウォーター)という微炭酸水。スロべキアのロガスカで千年近い歴史を持つという天然水で、なんと1リットルあたり1000mgのマグネシウムを含む。1000mgって、1グラムですよ。カルシウムも重曹もたっぷり入って、高度は5000以上という他に類を見ない硬さである。500mlのボトル1本飲むと、確実にお腹を壊す。
今回のBGM:「タンホイザー序曲」リヒャルト・ワーグナー作曲/フランツ・リスト編曲 藤田真央ピアノ演奏
→今をときめくピアニストが弾く難曲。原曲のスコアでバイオリンパートを見ると、手が攣りそうなフレーズが延々と続くのだが、それをピアノに置き換えているわけだ。超絶技巧ピアニストであったリストの演奏はかなりダイナミックで、すぐピアノが壊れるので替えを用意してあったとのこと。彼の演奏に耐えたのはベーゼンドルファーだけだったそうだ。
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