253回 Medice, cura te ipsum!


かかりつけの獣医のところに猫を連れて行った。
この獣医には先代の猫の時から15年以上お世話になっているのだが、とにかく決断が早い。話がシンプル。持って回った言い方はせず、単刀直入。まわりくどいことはせず、やれることはさっさとやる。やれないことはやらない。とにかく気持ちが良いほどわかりやすい。
そしてこれ全部、外科医の特徴なのである。

獣医も人医(人間用の医者)も、診察→検査→診断→治療という流れに変わりはない。
人間と動物では、同じ哺乳類でも結構違いはあるのだが、医学部や獣医学部で学ぶ基本的なところはかなり似ていると思う。これは昔医学部生だった頃、かの有名な『どうぶつのお医者さん』という漫画を読んで、大いに共感したことからの印象だ。あまりにも自分の経験上思い当たるエピソードが多く、苦笑爆笑の連続であった。
内科外科といった臨床の科目の内容や、病理学や細菌学といった基礎の科目に共通点があるだけでなく、その科目を担当する先生方の特徴にも、通じるところが多かった。
もちろん全てのドクターがそういった類型に分けられるわけではないことは当然なのだが、それでも面白いようにそれぞれの科に特徴的な性質の人間が集まるのが興味深い。
医学部の同級生たちも、それぞれみんなさもありなんといった科に入局していった。

では臨床科のドクターにはどのような特徴があるのか。
一番わかりやすいのは、やはり外科と内科だろう。外科はとにかく体力勝負だ。なので実際体育会系が多い。中でも整形外科の医局には一番体育会系の人が入局していた。外科というのは、極論すればうまく治療できたか否かが一目でわかる。手術の腕も、誰が見ても上手い人は上手い。反対に下手な場合は、病院実習(ポリクリと呼ばれたもの)で助手に付いた医学部生の分際でも見ていてわかってしまうのだ。
対して内科に進むのは、同級生の中でも一番優秀な部類の学生だった。内科なんてと思われるかもしれないが、実はとても難しい科なのである。なんといっても守備範囲が広い。患者がかかる最初の科が内科であることが多いため、そこから他の科に紹介するにしてもまず方向性を見定めなくてはならない。内科も今は臓器別の縦割りになっているところが多い。循環器科、内分泌科、消化器科などと別れているので、専門性が高い大学病院などでは最初から患者が絞られてくる場合も多いだろう。
だがどの科にかかれば良いのかわからない場合や、とにかく何が何だかわからない症状の場合は、どうすれば良いのか。そこに登場するのが「総合診療医」という内科の中でも更に先鋭のドクターである。いってみれば全てを極めた医者(言い過ぎか)。包括的な医療を実践し、予防医学の分野からも介入して、多職種医療従事者との連携を図る。総合診療医は奥が深いのだ。

かく言う私は何科を選んだのかというと、当初は形成外科に進もうかと考えていた。
だが形成外科も外科である。長時間の手術に耐えうる体力があるか到底自信が持てなかった。それを言うならどの臨床科も同じように体力がいる。当時あまり体調がよくなかったこともあり、結局臨床ではなく基礎、その中でも社会医学分野と呼ばれる法医学教室に進むことにした。現在の制度では卒業後は研修医として各科をローテートするが、私の頃は卒業後は目当ての科に直接入局することになっていたので、基礎の講座に進むと臨床の医局で学ぶことができない。
それでも苦労して医師免許を取ったからには、研究だけでなく実際の医療の方面でも役に立ちたいと救命救急センターに研修に行かせてもらい、そこで臨床の基礎を学ぶことができたのが有り難かった。このセンターには、内科・外科・脳外科・形成外科のドクターが常駐しており、この4人で殆ど全ての事態に対して対応できていたので、大変勉強になった。

当直をやっていた頃は、夜中に内線電話で「患者さんがベッドから落ちて血だらけです!」と看護師に起こされた時は、すぐ飛んでいって「縫う!縫う!」と喜んでナート(縫合のこと)したものだった。今でもきれいに切れている裂傷や切創は縫いたくてしょうがない。
外科にも形成外科にも進まず、いってみればそれらの科とは正反対の精神科をやっている。自分でも典型的な精神科ドクターからはズレているような気がしないでもないのだが、まあいいか。
いずれにせよ、温厚な精神科医でいながら心にキレッキレの外科医を秘めているつもりで、日夜診察に励む毎日である。
*なお各科ドクターのイメージはあくまでも私見になりますので、悪しからず。


登場したドクター:総合診療医
→連れ合いが原因不明の腹痛を起こした時。発熱なし、持続性なし、圧痛点で痛がらない、嘔気嘔吐なしということで、虫垂炎ではなさそうとは思ったが、わからない。内科の開業医を受診したところ、そこの若先生が「総合診療医」の資格を持っていることが、待合室に掲げてある専門医の証書で分かった。一通りの診察と検査ののち告げられた診断名は「前皮神経絞扼症候群」。医学部生からそれまでを通して、初めて耳にした疾患名だった。あとで調べてみるとやはりかなりレアな病名で、医者でも知らない人が多いとのこと。さすが総合診療医は違う!といたく感動したものだった。その疾患自体は殆どが一過性で放っておいても治るものだったので、実際すぐ良くなったが、いまだに感動している。
今回のBGM:「Beggars Banquet」by The Rolling Stones
→彼らの起死回生にして原点に回帰したアルバム。最高傑作にあげる人も多い。「悪魔を憐む歌」に始まり、3曲目が「Dear Doctor」。


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