196回 太鼓叩いて笛吹いて


リコーダーと聞いてまず思い浮かべるのは、小学校の音楽室だろう。
ピーピーと甲高い笛の音は、音程が微妙に合っているんだか合っていないんだか、合奏となると音を外す生徒も出てくるから、尚のこと揃わない。
誰もが一度は吹いたことがあるにもかかわらず、うるさいだけの子供用の楽器という印象で終わっている人も多いのではなかろうか。

リコーダーがなぜ日本の音楽教育に取り入れられのか。ことの始まりは、1939年に遡る。
ナチスが台頭して教育も支配するようになったその時代、ドイツの学校教育において、安価で大量生産が可能だったジャーマン式のリコーダーが盛んに使われるようになった。1936年に開催されたベルリンオリンピックの祭典でも、大勢の子供たちがリコーダーを演奏する場面があったそうだ。
当時ドイツに留学していた作曲家の坂本良隆はそれを見て感動し、そこに教育的価値を見出したのである。彼は日本の音楽教育にも利用すべく、ソプラノ・アルト・テナーの3種類のリコーダーを、帰国時に持ち帰る。
そしてそれは日本管楽器製造株式会社(後のヤマハ株式会社)に持ち込まれ、1943年には試作品のアルトリコーダーが制作された。この時作られたリコーダーは木製だったが、当時は第二次世界大戦中であり、材料の木材が入手困難となったため、一度は音楽教育にリコーダーを利用する計画は頓挫する。
あらためて戦後の1947年、小学校の学習指導要綱音楽科編に「3年生からは打楽器に加えて笛、ハーモニカ、木琴、ピアノ、オルガンなど(以下略)」と「笛」に関する記述が記載された。しかし最初はおもちゃとたいして違いのないレベルの笛が出回る事態となったため、1948年に教育用楽器審査委員会というものが結成されて、「まず音程を最重要視する」といった基準が設けられるようになったとのこと。どれだけ適当な笛が多かったのかをうかがわせるような、言ってみればかなり情けない状況である。

さてこのリコーダー、要はたて笛である。
たて笛は、息を吹口から吹き込めば、とりあえず決まった音程の音が出る。そのため小学生にもとっつきやすい楽器として重宝されたのだろう。横笛のように発音に苦労することなくすぐ音が出るというのは、大きな長所だ。
しかしその一方で、吹き込む息の強さによってピッチが変化してしまうという特徴があるので、音の強弱における自由度が低い。その結果なんとなく頼りない音が平坦に続くような印象となり、時折間違って強く吹いたりするとピッチが変わって、その時だけ素っ頓狂な音が出たりする。
教育目標としては「オーケストラ楽器への移行の第一歩となる」という基準もあったようだが、実際に移行できた人はごく少数に留まると考えられる。

そもそもリコーダーというのはどういう楽器か。
たて笛は楽器として大変古い歴史を持っており、世界各地で使われてきた。中南米の民族音楽で有名なケーナは、紀元前のインカ帝国時代にその原型を持つという。日本の尺八は、奈良時代に中国の唐から雅楽の楽器として伝来した。15世紀になると禅宗の一派が尺八を吹いて門付をする「薦僧(こもそう)」が江戸時代に「虚無僧(こむそう)」となり、今に続く流れとなる。
リコーダーはルネサンスの中世ユーロッパで完成された。17世紀のバロック時代には、力強くきらびやかな音色を出すことができるリコーダーが開発され、ヘンデルやヴィヴァルディといった当世の人気作曲家たちがこぞって、リコーダーのための楽曲を書くといった全盛期であった。
しかし次第にリコーダーはフルートに押されてゆく。モーツァルトやベートーベンといった古典派の時代にはオーケストラが発達したため、リコーダーの音量では太刀打ちできなくなってしまったのだ。その点フルートは音量もあり使い勝手も良かったので、オーケストラでもしっかり生き残る。
リコーダーは人気がなくなり、18世紀半ばには忘れ去られてしまった。それから150年の間、リコーダーのための作品は殆ど書かれていないという。

時は流れて、19世紀末のイギリスでバロック音楽が再評価され始める。
古楽器の研究に取り組んでいたアーノルド・ドルメッチというバイオリン教師は、自身が収集した楽器を使って家族でアンサンブルを楽しんでいた。あるときドルメッチの息子が、汽車に乗る際にリコーダーを駅のホームに置き忘れてしまう。手を尽くして探したが結局そのリコーダーは見つからなかったそうだ。
転んでもただでは起きないドルメッチは、古いリコーダーの資料から作成した詳細な設計図を持っていたので、それをもとに自分でリコーダーを製作し始める。これが20世紀におけるリコーダー復活のきっかけとなった。

いまではリコーダーは、学校の音楽教育に欠かせない楽器であると共に、バロック音楽のみならず新しく書かれた楽曲において、管楽器としての存在感を立派に示している。
プラスチックのリコーダーを、手作りの布袋に入れてランドセルの片側に挿し小学校に通った遠い昔。
リコーダー・アンサンブルの音色に耳を澄ませながら、しばし当時の思い出にひたることにしよう。


登場した運指:ジャーマン式
→ハ長調の演奏が容易として小学校では採用されているが、♯や♭が抑えにくく、またソプラノ以外のリコーダーはほとんどがバロック式であるため応用が効かない。最初からバロック式で教えてほしかった。
今回のBGM:「リコーダー協奏曲ハ長調」 by ゲオルク・フィリップ・テレマン リコーダー演奏/Dorothee Oberinger
→バッハやヘンデル以上に当時人気があったとされる家庭音楽の大家。本人もリコーダーの名手だったそうだ。


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