270回 北風の冬も変わらぬ緑


クリスマスツリーの天敵は猫である。
「クリスマスツリーvs猫」で検索すると、世界中で凄惨な戦いが繰り広げられている様子を見ることができる。きれいに飾りつけられた大きなツリーが無惨に倒されて蹂躙されていたり、可愛らしいオーナメントが引きちぎられていたり、目を覆うばかりの大惨事をあなたは目の当たりにするだろう。

我が家でも以前は、私の身長程ある大きめのツリーを飾っていた。
オーナメントを沢山飾り、ピカピカ光るライトや雪に見立てたふわふわのワタも付けたりして、上機嫌になっていたところ、やられた。キラキラの玉は猫パンチで部屋の隅まで飛ばされ割れた。オーナメントは下の方から狙われるので、下から徐々に無くなっていく。見るに見かねてオーナメントを上の方に移動させるのだが、下には何も無く上にかたまって飾りがあるというのは、何とも滑稽な風景だ。
ついにはオーナメント無しにもしてみたが、イルミネーションだけが灯っているというのも何だか侘しい。とうとう諦めてツリーは職場の自分の部屋に移動させた。今はそこで心置きなくオーナメントをどっさり吊るして楽しんでいる。

クリスマスの歴史については前に書いたことがあるが、ではクリスマスツリーの起源はなにか。
定説によると、古代ゲルマン民族が冬至のお祭りである「ユール」で、常緑樹の樫の木を「永遠の命の象徴」として祭祀に用いて崇めたのが起源と言われている。
8世紀、教皇グレゴリウス2世からキリスト教伝導の任務を与えられた宣教師ウィンフリートは、フランク王国(現在のドイツ辺り)を訪れた。その際ウィンフリートは、「善をなす人」を意味するボニファティウスという名を授かったそうだ。ボニファティウスがフランク王国のあるゲルマニアを訪れた時、北欧神話の主神であるオーディンの神木とされた樫の木に、人間や動物が生贄として吊り下げられている残酷な光景を目にして衝撃を受けた。
彼は異教の野蛮な儀式をやめさせてキリスト教に改宗させなければとして、信仰の対象であった大きな「オーディンの樫の木」を切り倒したそうだ。これもまた言ってみれば酷い話である。今では文化的な問題が勃発しそうだが、宣教師からしたら真っ当な道に導くという崇高な使命感に駆られてのことだっただろう。まあ生け贄はやめた方がよいと思うので良しとする。
そして神の祟りがあると恐る住民たちにボニファティウスがキリスト教の教えを説くと、切られた樫のすぐ側からモミの若木が生えてきた。それを見た彼は、モミの木の形が円錐型であることから「三位一体」の象徴で奇跡の木だと感激したそうだ。オーディンは怒らなかっただろうか、怒らなかったんだな。
これは逸話として伝わっているものなので、実際は土着の宗教行事をキリスト教が取り入れて融合していった過程として考えられる。

現在のクリスマスツリーの原型は、15世紀に現在のドイツ南部のフライブルグの救貧院で飾られたモミの木が最初と言われている。1419年に町のパン職人がナッツや焼き菓子を飾り付けて、人々を楽しませたという記録が残っているそうだ。
16世紀にはかのマーティン・ルターが、常緑樹の木々の間から見上げた夜空の星の美しさに感激して、教会にロウソクを灯したツリーを飾らせたという。これがイルミネーションの元となったとか。カトリックではなくプロテスタントがデコレーションを始めたというのが意外だった。
日本で最初にクリスマスツリーが飾られたのは1860年、プロイセン王国公館であった。当時の大使のオイルレンブルクが、天井まで届く大きな木を持ち込んで飾り楽しんだそうだ。
横浜のスーパーマーケットだった明治屋が、1886年12月7日にクリスマスツリーを飾った。これが日本のクリスマスツリーの原型である。そのため12月7日は「クリスマスツリーの日」とされている。明治屋はその後1900年に銀座に店舗を移し、そこでも毎年華やかなツリーを飾ったので、徐々にツリーの認知度が上がり一般家庭にも普及したと言われている。

ツリーといえばモミの木だが、マツ科モミ属の植物は全世界に40種類程が分布している。なのでどの国もクリスマスツリー用には、その地方に生えているモミを使うのが普通だ。
日本に生息しているモミ属は「モミ」「ウラジロモミ」「オオシラビソ」「シラビソ」「トドマツ」の5種類である。そのうちの「モミ」は日本固有種で、北は秋田から南は屋久島まで分布しており、高さは40mにもなるという。
アメリカでは「オレゴンモミ」、ヨーロッパではモミではなく「ドイツトウヒ」が用いられることが多い。

クリスマスツリーは、12月25日の4週間前の日曜日から始まる「アドベント」と呼ばれる期間に飾られる。日本ではハロウィンが終わった途端に出現したりするが、時期的にはそう間違っていない。そして1月6日の公現祭(東方の三博士がキリストの誕生をお祝いした日)までで片付けられる。
前から気になってしょうがなかったことは、ツリーはこの後どうなるのかだ。人工のツリーならば来年まで仕舞っておけばいいだけなのだが、ヨーロッパでもアメリカでもツリーは生木を使うことが多い。短い間飾って後は捨てるだけのために、毎年何万本(どころではないか)の木が切られるのは耐えられない。
ドイツでは、廃棄されたツリーは指定の場所に指定の時間に出しておくと、専用のクルマが回収に回るそうだ。道路に山積みになったツリーの写真を見たが、ちょっと切ない。ただやはりリサイクルの習慣が根付いているからだろう、回収されたツリーはチップや堆肥や燃料に利用される。中には動物園の動物たちに与えられることもあるようで、ゾウやラクダが遊んだり食べたりするとか。ミネラルが豊富なツリーは、農場のヤギに食べさせることもあるとのこと。
家庭用の生木のツリーは、いちいち森から切り出していたのでは自然破壊になってしまうので、今では農場で栽培されたものが出荷されている。中には鉢植えにしてレンタルというのもあり、クリスマスシーズンが終わったら送り返して地面に植えられるというサービスまである。

生木だろうが人工の木だろうが、猫にとってはお構い無しだ。
ゆらゆら揺れるオーナメント、キラキラ光るイルミネーション、戯れるにはもってこいのものばかりである。そこに木があれば登りたくもなるだろう。地面に植っているわけではないので、たとえ猫であろうと数kgの重さの生き物が勢いよく飛びついて駆け上がれば、倒れるに決まっている。
ああ、クリスマスツリーの運命や如何に。
願わくばみなさんのツリーが無事でありますように。

なにはともあれ、メリー・クリスマス!


登場したアイテム:イルミネーション
→クルマで通りがけの大きな家の和風の漆喰壁に瓦が載っているような塀の上に、無数のキャラクターのライトが点っているのを見たことがあった。30cm程のリボンを着けた猫やズボンを履いたネズミなどの有名なキャラクターたちが、いずれも経年劣化して色が落ちかけた姿でぼんやりと光っている情景は、なかなかのホラーだった。
今回のBGM:「もみの木(O Tannenbaum)」
→ドイツ北部に昔から伝わる民謡に、19世紀ヨハン・アウグスト・ツァルナックとエルンスト・アンシュッツが共同で歌詞をつけたもので、元々は恋の歌であった。その後いろんな歌詞がつけられているが、赤松克麿が書いた「赤旗の歌」などは「民衆の旗赤旗は 戦士の屍を包む」から始まるのだから、かなり物騒だ。現在は和やかな歌詞のクリスマス・キャロルとして世界中で親しまれている。


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