162回 豆腐の角


豆腐が嫌いという人はあまりいないのではないか。
特に好きというわけではないが食卓に出てくれば普通に食べる人から、毎日豆腐がないと生きていけないという人まで、幅広く豆腐ユーザーは存在している。
それほど豆腐は我々にとって馴染みの食品なのだ。

いまでは豆腐はスーパーでパック入りのものを買うのが一般的だが、私の子供時代にはまだ豆腐屋が近所にあり、買いに行かされたものだ。風呂桶のようなタイル張りの水槽に沈めてある豆腐をすくって、持っていった手鍋に一丁ずつ入れてもらう。おからはおまけでもらえることが多かった。
落語に登場する下町の風景として自転車に乗った豆腐屋は有名だが、さすがにラッパを吹きながら行商をする豆腐屋はもういなかった。
東京台東区根岸に「笹乃雪」という江戸時代から続く豆腐料理の店がある。全て豆腐から成るコース料理はバラエティに富んでおり、一番品数が少ないコースでも豆腐とは思えないほどの満腹感を得られる。
ちなみに絹ごし豆腐は、この「笹乃雪」の初代店主の発明である。

これほど愛されている食品の豆腐であるが、実は起源がはっきりしないらしい。中国発祥ということはわかっている。16世紀に編纂された『本草綱目』には、紀元前2世紀漢の時代に始まると書かれているが、どうやらそれは信憑性にかけ、実際は8〜9世紀唐の時代に発明されたというのが有力だそうだ。
日本に伝来した時期も諸説あり定かではない。なんで豆腐にはこんなに謎が多いのだろう。おそらく奈良時代に遣唐使が伝えたと考えられているが、鎌倉時代に僧侶が伝えたという説もあり、はっきりしない。誰か書いていないのかと思うが、不思議なくらい記録が残っていないのだ。
とりあえずは精進料理として僧侶に普及し、室町時代に全国の武家や貴族に伝わったという。やっと庶民の口に入るのは江戸時代中期のことだ。この頃になると「豆腐百珍」という豆腐料理の本がベストセラーになる程、豆腐は親しまれるようになる。

豆腐は8割から9割が水でできている。なので美味しい豆腐は美味しい水のあるところでできるのは当然である。
京都の豆腐が美味しいとされるのは、京都の水が軟水だからと言われる。ミネラル成分が少ない京都の水は、やわらかくなめらかな口当たりを作り出してくれる。
木綿豆腐と絹ごし豆腐の違いはご存知だろうか。硬いのが木綿で軟らかいのが絹ごしでしょ?というのは間違ってはいないのだが、製法自体が異なるのだ。木綿豆腐は豆乳に凝固剤を混ぜて一度固めたものをいったん崩してから、布巾(これが元々木綿だった)を敷いた型に流し込み、上から重石を乗せて余分な水分を切って作られる。一方絹ごし豆腐は、木綿豆腐よりも濃い豆乳を凝固剤と混ぜて型に入れて、そのまま圧力は加えずに固まるのを待つ。
それぞれ味や食感に違いがあり、含まれる成分の量も微妙に異なるが、大豆と水でできていることには変わりがない。
結局は好みで選べばいいだけなのだと思う。

豆腐は基本的にどんな種類であっても、大豆を搾った豆乳に凝固剤を入れて作られる。凝固剤は中国では石膏(硫酸カルシウム)が一般的に用いられるが、日本ではにがり(塩化マグネシウム)を使うことが多い。
このにがり、元来は海水を煮詰めたカンスイから塩の結晶を取り除いたものであった。昔ながらの製法で作られたものは、にがり(塩化マグネシウム含有物)と表示され、塩化マグネシウム以外の海水のミネラル類も豊富に含まれている。最近はグルコノデクタラクトンという合成凝固剤を使用した豆腐もあるが、本当のにがりを使った豆腐には敵わない。
同様にグリセリン脂肪酸エステルやシリコン樹脂といった消泡剤を用いた豆腐も増えた。豆腐の原料の大豆にはサポニンという成分があり、水に溶かすと煮た時に大量の泡が立つ。その泡を手っ取り早く消すために用いるのが消泡剤であるが、これも昔はいちいち手ですくうなど手間暇かけて泡を取っていた。消泡剤の成分は出来上がった豆腐には残らず体に害はないとのこと。
ただやはり味の違いは大きいという人もあり、少々高くても手間のかかった豆腐を食べたい。

湯豆腐良し、冷奴良し。お味噌汁の具の定番であるばかりでなく、麻婆豆腐という主菜のメインを張れる。ゴーヤチャンプルーという変化球にもなる。
水分と植物性タンパク質がたっぷりの豆腐は、栄養豊富で消化も良い。良いところしかないではないか。
なめらかで白くつややかな豆腐。淡雪豆腐という名前に少女性を(無理矢理)見つけながら、今夜は豆腐料理を堪能しよう。


登場した料理店:笹乃雪
→「忠臣蔵」で有名な赤穂浪士の一部は、討ち入り後に細川家の大名屋敷に預かりとなったが、そこに浪士たちの行きつけの店であった笹乃雪の豆腐(この店では「豆富」と称する)が届けられた。店主の娘が密かに想いを寄せていた浪士もそこにいたという。現在店舗老朽化で建て替え中、来年の再開を目指すそうなので期待したい。
今回のBGM:「Kupustin:Complete Music for Cello and Piano」by Duo Perfetto
→現代音楽とジャズを軽々と越境する自由闊達さは、豆腐に通じると思う。

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