第131回 スカボローフェア

    

香味野菜と聞いて、すぐ10種類以上の名前を思い浮かべられるのは、料理が好きな人か食べるのが好きな人に違いない。
香味野菜は薬味と混同されることが多いが、薬味が一般的に出来上がった料理にかけるトッピングであるのに対し、香味野菜は料理自体に深く関わる存在である。また薬味には柚子などの果物類や桜エビや鰹節といった水産加工物も含まれるのに対し、香味野菜は野菜とつくだけあって野菜のみを指す。
料理の香りや味を引き立てるために用いられる香味野菜には、一般的によく用いられる長ネギや玉ネギ、ニンニクやショウガといった野菜だけでなく、ミョウガ、セロリ、パセリといったかなり香りや味にクセのある野菜が含まれるため、苦手意識のある人も多いだろう。

白状すると、セロリは随分長いこと苦手であった。
特に生のセロリは苦手だったので、野菜スティックに入っているのを避けて(ニンジンも嫌いなので選択肢が少ない)食べていたのだが、ポトフにセロリを入れてから劇的に好みが変わり、大好きになった。
基本的に洋食や中華料理に使われる香味野菜は、煮込んだり炒めたりされることが多い。西洋料理に使われるブーケガルニは香味野菜とハーブを束ねたものだが、香り付けとしてだけでなく、肉や魚介類の臭みを消す役割も担っている。中華料理はご存知の通り薬膳の思想に則ったものが多く、四川料理では「香味」が7つの味付けの一つとして重要視されているという。
セロリの強い香りはアピオールという揮発性の成分からなる。このアピオールはパセリにも含まれているが、古くから中絶や月経不順の治療薬として用いられ、大量に摂取すると危ない。香りの成分は他にも沢山あり、セダノライドは食欲増進効果、アピインの降圧や利尿作用は「旱芹(かんきん)」と呼ばれ漢方薬に利用されている。セロリの如何にも薬臭いあの香りは、やはり薬だったのだ。
ちなみにセロリ生産量でダントツの1位は長野県である。総生産量の半分近くを長野県産が占めているのだから、どうりでこの辺りで地物がよく売られているわけだ。農業用語としては「セルリー」が正式らしい。

和食に於ける香味野菜は、刻んで薬味のように完成した料理に振りかけることが多い。これはなまものが多い和食では殺菌目的で香味野菜が使われていたからと言われている。また季節感を醸し出すためにも、大事な役割を担っているだろう。
冷奴や素麺の薬味として用いられるミョウガも、一年中売られてはいるが、夏の季語となっているくらい夏のイメージが強い。東アジア原産のこのミョウガは、大陸からショウガと共に日本に持ち込まれたといわれている。
昔はよく「ミョウガを食べると物忘れがひどくなる」という俗信がまことしやかに囁かれていたが、実はミョウガの香り成分には集中力を増す効果があるとのこと。香り成分のα-ピネンは松などの針葉樹に含まれる香り成分のひとつである。
大葉という名で売られている青紫蘇の香り成分であるペリルアルデヒドは、防腐作用と殺菌作用を持っている。青魚に寄生するアニサキスに対する殺虫効果もあるという話だが、刺身に大葉を添えるのは大変理にかなっているということだ。

エスニック料理が一般的となってからは、コリアンダーが新しい香味野菜として人気を博している。コリアンダー、パクチー、シャンツァイ(香菜)、全部同じものを指すが、日本語のカメムシソウという名称は美味しそうではないので却下。
実際には果実や葉を乾燥したものをコリアンダー、生食する葉をパクチーと呼び分けることが多い。葉から果実から根まで全て食用となり、世界的にも多くの地域で愛されている香味野菜である。
パクチーのカメムシを思わせる独特の香りは、デシルアルデヒド(デカナール)という成分で、そのせいでパクチーは苦手という人も多い。この好みは民族間で嗜好性が異なり、臭覚受容体遺伝子の変異と関係しているという研究がある。
一時期「パクチー食べ放題」というのが流行って、山盛りにしたパクチーが人気だった。しかしタイやベトナムなどの現地の人に言わせるとそんなにいっぱい食べないそうで、やはり香味野菜として適度に扱うのが良さそうだ。

知識というのは役に立つ立たないという尺度で測れるものではない。
専門的な内容でなく雑学であろうと、知るというのは楽しいものだ。
これまで知らなかった香味野菜の知識を仕入れたら、使ってみよう。
たとえ料理が上手に作れなかったとしても、良いではないか。
人類はその繰り返しで文化を築いてきたのだから。


登場し(なかっ)た香味野菜:エシャロット
→日本で以前「エシャロット」という名で売られていたのは生食用のラッキョウであって、本当のエシャロットではなかった。本物が輸入されるようになって紛らわしいので、エシャロットではなく「エシャレット」に改名したそうだが、未だに混同されているので注意が必要だ。
今回のBGM:「SMAP 011 ス」by SMAP
→山崎まさよし曲の「セロリ」が大好きなのだが、いつも「パセリ」と間違えてしまう。

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