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メメント・モリ

あなたは死にたいと思ったことがありますか?

いきなり何?と驚いちゃうかもしれませんね、ごめんなさい。どうしようもなく死にたいと思いながら生きてきた人、生きている人、死にたいなんて思ったことのない人、様々だと思います。

わたしは、どうしようもなく死にたいと思いながら生きてきた人です。いまでも八方塞がりになった時は「死のうかな」という言葉が脳裏に浮かんでくることがあります。


わたしが初めて死にたいと思ったのは、小学6年生の時。中学受験をするために遊びを我慢して勉強していた当時のわたしは、「なんかつまんない、みんな遊べていいな、私はこんなに毎日怒られながら勉強してるのに、みんな楽しそうに呑気に生きてていいな。死のうかな」とふと思いました。ほんとに、ふと。

その日を境に、つらい時は「死」がちらつくようになりました。選択肢の中に死が含まれてしまったのです。


次に死にたいと思ったのは高校2年生の時。必死に勉強を頑張っていた当時、好きな人に思い切って告白したけれど振られてしまいました。
とても悲しかったですが、まあ勉強を頑張らないと!と、つらい気持ちを抑えてその日も塾へ。しかしお家へ帰りお風呂に入っていると、急に息が出来なくなりました。
抑え込んでいた悲しみが爆発し、悶え苦しんでいたそのとき、張り詰めていた糸がプツンと切れました。「あ、もうむりだ。」そう思いました。

それでも頑張り屋さんな私は休むことを選択できず心身共にすり減り、終いには学校にも行けなくなりました。心療内科でもらった診断は、不安障害と自律神経失調症。

診断された時、私は「ようやく逃げられる。」と安心したのを覚えています。言い方は悪いですが、免罪符だと思いました。頑張らなければ愛されない、認めてもらえないと思っていた私は、頑張らなくても親に怒られない免罪符を手に入れたのです。

実際に母は「思う存分休んでいいよ、遊んでいいよ、頑張らなくていいよ。」と怠惰な私を認めてくれました。

後から話を聞くと当時は、母にとっては不安でどうしようもない地獄の日々だったそうですが、私にとっては天国でした。自分の好きな時に寝て遊んで、学校に行きたくない時は休んでもいい。そんな自由気ままな生活はとても楽しかったです。さらに幸福なことに、学校の友達もたくさん心配してくれました。


今思えば、とにかく「気にかけてほしい」「存在を認めてほしい」という欲求がとても強かったのだと思います。総括すると承認欲求ですね。

なんで頑張っているのに認めてくれないの?生きててもいい?許される?価値がある?と不安で仕方がなく、「大丈夫だよ、存在しているだけでいいんだよ」という言葉がほしくてたまりませんでした。だからようやく存在を認めてもらえたと思いました。

承認欲求って厄介なものですよね。この経験を機に、今度は「弱い部分を全面に出せば気にかけてもらえる。」と体調不良を武器にするようになりました。歪んだ承認欲求による、かまってちゃんの出来上がりです。今はこんな感じにギャグみたいに言っていますが、当時の私はただただ辛くて早く死にたいと思っていました。

人が死にたくなる理由は、2つあると思います。

1つ目は承認欲求、2つ目は八方塞がり。やりたいこと、なりたいものがあるけれどもやり方が分からない、挑戦しても駄目だった、ああもう自分はダメだ、もう死のう。そういう思考回路で死を選択してしまう人もいるのではないでしょうか。


今これを読んでいて、しんどい気持ちになる方もいるかもしれませんね。でも、大丈夫です。きっといつか死にたくなくなる、報われるとは言えませんが(いま死にたいのにそんなこと言われても受け入れられないと思うので)私が救われたこの言葉を送ります。


「メメント・モリ」

ラテン語で、「死を想え」「いつか必ず訪れる死を忘れるな」という意味です。

みんな当たり前に知っていることですが、人間は必ず死にます。この世にはいろんな人がいますよね。裕福な人、絶世の美女、苦しい生活をしている人など。いろんな人生があるけれど、ただひとつみんなに平等に与えられているのが「死」です。

もし明日死ぬとしたら、あなたは何をしますか?好きなものを沢山食べますか?散財しますか?大切な人に愛を伝えますか?

こうやって考えていると「まだまだやってないこと沢山あるな…」と思えてきませんか?

死を意識すると、いかに生に執着しているかが分かると思います。本当は死にたくないんですよね、みんな。

いい人生にするために一生懸命頑張っているんですよね。みんな頑張り屋さんですよね、本当に。愛おしいです。そんな愛おしいみんなには、生きていてほしいです。もし死にたくなったら「メメント・モリ」という言葉を思い出してみてください。

いつか死ねるなら今じゃなくてもいいか…と毎日思えたら、それだけで充分素敵です。

もしそれでも死にたくなったら、おすすめしたいものがあります。それはバンジージャンプ🤣

わたしもまだ体験したことはないのですが(ないんかい)、死にたくなったらバンジー飛べばいいと思うんですよね。

とても怖くて勇気がいるものだと思うけれど、本当にどうしようもなく死にたいのならできる気がします。

飛んだ瞬間に「あ、もう死ぬんだ…」と死を覚悟する。それで後悔したとしても事故して死ぬ確率は低いし、まだまだ生きたいんだなと自覚できるかもしれませんよね。

そして1回そこで自分は死んだんだと思えば、生まれ変わった自分としてまた新たな人生を始められると思います。(飛んで引き上げられた瞬間に、生まれ変わったピッカピカな自分を想像すると笑えてくる)

私はもしまた本気で死にたくなったらバンジージャンプ行ってきます!!!そう決めているだけで、気持ちがとっても軽くなったので、みんな是非どうぞ。

びよよ〜ん


さて、自分の死にたかった話からメメント・モリからバンジージャンプまで、支離滅裂な話だったかと思いますが、最後まで読んでくださりありがとうございます。

「自分の辛かった経験は、時に人を安心させる材料にもなるんだよ」という言葉をもらってから、わたしはどんどん自分の経験や思いを伝えていこうと思いました。

これを読んで、明日も生きてみようかなと1人でも思ってもらえたのなら、これほど嬉しいことはありません。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。あなたが愛おしいです。

明日も生きてね。大丈夫だよ。


みこ

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