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私のnote | SNSのなかの休憩所

日本という平和な国で、なに不自由のない生活を送っているはずなのに、どうしてこんなに苦しくなったりするんでしょう。

どうしてこんなに心が締めつけられる瞬間ばかりなんでしょう。

どうしてこんなにモヤモヤしたものが、頭をかけ巡っているんでしょうか。


平和があたりまえになりすぎて、「有る」ということに感謝も感じず、余計なことに体力を使い、自分で自分たちの首を締めている。

こんな世界には居続けたくない。



自分の考えていることしか分からないですから、いま日本に住んでいる皆さんが、どんなふうに思っているのか、私にはわからないんですけれど、

普段は平気な表情を見せながらも、
私と同じように感じている人が居るのだとしたら、わたしは一人でも多くの人に「ここにいることができて幸せだ」と思えるようになってほしいと思います。

もう全部置いてきてもいいから、ちょっとここで休んだら?

そんな思いで、SNSのなかの休憩所、開放してます。
ぜひご自由にご利用ください( ˘ω˘ )



▶キラキラになりたい

「生まれた意味ってなんですか?」

そう聞かれても、「生まれてきたいです!」って言って生まれてきたわけではないので、困ってしまいます。

「じゃあ、生まれて来なくても良かった?生きていたくないの?」と聞かれたら、

\\\そんなわけないじゃないですか///

「生まれてきてほんとうによかった。生きていたい。」

そう思う。

「じゃあ、なぜ生きたいの?生きてたら苦しいことだってあるのに、なんで?」

って聞かれたら、

「んー。苦しいこともあるけれど、生きていたらときどき出会う、心がときめく瞬間に出会したいから。


そう答えるだろうと思いました。


はじめて気づきました。

これが私が生き続ける理由なんです。

「じゃあ、そのときめく瞬間ってどこにあるの?」

それはわからないなあ。

そんなものがあるかもわからないし、どこにあるのかもわからない。
だけど確実に出会える場所がひとつだけある。

わたしがそれになればいい!

だから、このブログを書くことが、私の生きる意味のひとつになりました。

“このブログに出会えてよかった。”
“心がときめいて、生きていてよかったって少しだけ思った。”

そう思ってもらえたら、こんなに嬉しいことはないですね。


▶︎SNSとわたし

今でこそSNSを使うようになりましたけれど、実は私、情報発信をし始める1.2年前は、SNSなんて全く使ってなかったんです。

私が中学生のころLINEが広まり、
高校生のころにはTwitterやInstagramが流行り出したんですけどね、私はそういったSNSを全くやっていなかったんです。

全く興味がなかったんですよね。

自分がどこに行ったとか、考えていることとかを、友人や知人にわざわざ言う意味がよくわかんなかったんです。

そんな、恥ずかしいことは絶対できないし、言ったところで何になるんだろう?と思ってました。

それに、友人がどこに行ってようと私には関係のないことじゃないですか。

だから、「どうしてやらないの?やったらいいのに。」と言われるんですけれど、その返答にも困る訳なんですよ。

シンプルに、やりたいと思わないんです...。

▶︎SNSの使いみち

だから、情報発信を始めたころは、正直SNSに接する時間が苦痛でもありました。

余計な情報が次から次へと流れてくるし、

本来であれば必要な情報だけを取り入れるためのフォロー機能、
「いいな」と思ったらそれを発信者に届けるためのいいね機能、

であるはずなのに、フォロワーやいいねなどが多いことが良いとされていて、これらを増やす行動をするという、目的と手段が逆転する事態。

目も疲れて、悪影響しかないとすら感じました。

だけど、SNSにもいいところがたくさんありました。

まずは、自分の思いを多くの人に届けることができます。

私は誰かのためになりたくて、自分の失敗や乗り越えてきたことを発信しているわけなんですけれど、SNSがない時代に生まれてきていたら、こんな無名な人間の話なんで誰も聞いてくれないし、ハードルが高いですよねえ。

そう思えば、本当にありがたいです。ありがたい時代です。

▶私のSNSの使い方


だから、私なりにSNSをうまく使っていきたいと思いました。

多くの方は、SNSで自分の日常的なことを載せて人に羨ましがられたいとか、自分をよく見せるために使っているかと思います。

だけど、私は自分の承認欲求のためにSNSは使いたくないと今感じています。

その反対に、
自分の失敗談とか、自分が何かを乗り越えた話とか、超絶恥ずかしい話とか…

そういった本音を書き続けて、いま辛い思いをしている誰かが、
私の発信を見て
「こんな人もいるんだなあ…この人よりかはまだマシだ」と元気を出してくれたら、それで十分なんです。
十分というか、それが私が情報発信をしている目的なので、目的達成です。

だから、私をどんどん踏み台にしてほしい。
それで元気がでるならそれでいいのです。

▶辛い時は比較していい

「他人と比較する」というと、あんまり良いイメージを持たれないと思うのですが、自分が辛いときには、どんどん比較していいと私は思っています。

もちろん、それを言葉に出したりして他人を傷つけたりすることは良くないとおもいますが、自分の中だけにとどめておくならば、どんどん比較して自分よりひどい状況にある人たちの考えや体験を武器にしていいと思うんです。

▶増えていけばいいと思う

こうやって、私の失敗談を誰かが踏み台にして頑張ることができて、
そしてその人が失敗したことや恥ずかしいことをまた発信して、
それを見たどこかの誰かが、それを踏み台に今日も一歩を踏み出せる。

そうやって、みんながもっと恥さらしをしていけば、一歩を踏み出すことがもっと容易くなるんじゃないかなあと思います。

そんなふうにSNSを使う人が増えて、みんなで辛いときには手を差し伸べられる世の中になっていったらいいなあなんて思っています。

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