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お金に対する価値観なんて人それぞれの最適解があるだろって話

 僕には散財癖がある。悲しいほどに。というか計画的にお金を使うのが苦手なのかもしれない。いや自分の人生そのものに計画性など皆無なのかもしれないが。20代の頃は「40歳になったら自動的に死ねれたらいいのに」と真面目に思っていたくせに30代になるにつれて「もう少し長く人生やってたい」という気持ちの方が優勢になるのだから。10年後どころか5年後、いや1年後の自分がどうなりたいとか考えたことがないし皆目見当もつかない。ちなみにこれを書いている日の翌日に有馬温泉に行く予定だ。その予定は昨日突飛に決めて新幹線のチケットをネット予約したのだ。
 遡ること15年と少々前のこと。僕は中学生。修学旅行に持参したお小遣いは学校が規定した上限額25000円。そして満額きっちり使い切った。何に使ったかと言えば答えられない。記憶に残っていないものばかりだからだ。たぶん京都の八ツ橋とか某テーマパークのキャラクターの絵柄のついたボールペンとか。とにかく少額のもの。そう言ったものをたくさん買った。何故か現地のイオンに入っている無印良品で雑貨という雑貨を買い漁った記憶も思い出された。タクシー研修でイオンを指定されるなんて当時のタクシー運転手の人も思ってもいなかっただろうに。一方、弟もその3年後に修学旅行に参加し同じ金額を持参して10000円ほど使ったらしい。残りの15000円は帰った後に近所のイオンに入ってる玩具屋でガンプラに変身させたのだ。そのガンプラは今も実家の2階へと続く階段の途中にある飾り棚にアクリルケースで保護された状態で燦然と飾られている。

 母は弟のお金の使い方を賢く計画的だと評価したが僕のお金の使い方については、あったらあっただけ使う「金食い虫」だと表現した。金食い虫とはどんな虫なのだろうか。細い足が6本あり、円マークによく似た触覚が2本と諭吉模様の羽が生えている(ああだけど諭吉はもういないんだ、渋沢栄一になったんだっけ)。100円玉のようなまんまるの目をもち元気に飛び回るんだろうな。まあ確かに修学旅行で京都に行って無印良品で散財するのは中々のアホだ。せめて木刀を買ってふざけて振り回して担任に怒られていた同級生のように、何か思い出に残るものを買っておいて思い出話ができるようにすればよかったのかもしれない。あるいはドラゴンが巻きついた剣のキーホルダーとか……。母からは何かと弟と比較されては蔑まれることが多かったのだが、金食い虫はその中でもしばらくの間、自分の中に居座り続けたものの一つだ。1匹の金食い虫がいなくなったか自力で駆除できたと思ったら、また何かの機会につけて新しい金食い虫が母から送られてくるという永久機関が出来上がっていた。僕が駆除した金食い虫を見つけては捕まえて送り込んでいたのだろうか。
 そんな生活を多感な思春期に送っていたのだからだんだんお金を使うことがナーバスで悪いことに感じられるようになった。僕の中の金食い虫もだんだん成長して中学生のときに住み始めたヤツらは小さめのバッタサイズだったのに高校を卒業する頃にはダイオウグソクムシサイズになっていた。大学に入学すると母は口癖のように「なけなしの預金から出してる学費なんだから無駄にしないでよ、金食い虫さん」、「今月の仕送り、もう使い切ったの?本当に金食い虫だね」と連呼する。もはやこれは一種の精神攻撃なのではなかったのだろうかと思うほどだ。ちなみにうちの母は「お母さんヒス構文」を巧みに使いこなす。ラランドサーヤの動画を初めて見た時、私の母のことを面白おかしく言っているのでは無いだろうかと思ったほどだか、世の中には僕が思っている以上にヒス構文の使いこなすお母さんが存在するらしい。驚いたことに職場のサバサバシゴデキバリキャリ有能主任(二児の母)にお母さんヒス構文の動画を見せると「私も言う!」と言っていたのだから。
 そんなこんなで完成したのがお金の使い方が下手くそすぎて中々虚空な生活を送る大人ことこの僕だ。自分でお金を稼げるようになっても消費=散財=悪という価値観をタトゥーのように掘り込まれているため、生活必需品以外のものを買う時にはこれは仕事で要るものだからなどと自分の心の中で1人で言い訳をしなければ碌に好きなものを買うことすらままならなかった。それなのにこまごました少額の買い物はポンポンできてしまう始末なのでタチが悪い(それでもセコセコ定期預金はしていたおかげで30を迎える頃に購入を決めた分譲マンションの頭金にはなったので結果的に良かった部分もあるかもしれないが)。そんなふうに大人になった僕の中の金食い虫は円マークの触覚を動かしながら元気に生きていた。その一方で、金はすぐに無くなるものだから日々震えなさいという思考も併発するのだから、真に必要なものや大切なものに対してお金を使うことが本当にできない。それはもう悲しいほどに。

 さて、この辺りまでがビフォーでここからは少しずつアフターの話へと移る。
 当たり前のことであるが社会人になると税金をたくさん納める。所得税はもちろん住民税や社会保険、帰ってくるのがわからない年金や何に使われているのか不明な自動車税。マンションにかかる固定資産税。さらに今年は2年に一度の車検費用。なかなかにお金が出ていく夏だった。従来の自分ではあれば、大量の出費のあとしばらくは財布の紐をしめつけあげてお金を下ろせないように印鑑をクローゼットの奥底に封印するか、かんざしで海馬とついでに延髄に風穴を空け、キャッシュカードの暗証番号を2度と思い出せなくしなくては……あ、クレカの暗証番号もだなどとと考えつつしょうもない消費は行っていただろう。

 しかし今回の自分は違った。今年は仕事でとんでもなく理不尽な目にエンカウントしていたがゆえに良くも悪くも、スーパーどうでもいいやモードになっていた。そのためなのか分からないか「そうだ、台湾に行こう」と思った瞬間にネットで飛行機とホテルをおさえていた。10人以上の諭吉ではなく渋沢さんが音も立てず航空チケットと宿泊費に変身した(よく考えたらまだ諭吉だったかな)。文字通りノリと勢いだけでスタートした初めての海外での体験は自分にとって鮮烈だった。異国の地で見て食べて聞いたものの刺激に全身が興奮を抑えきれないような感覚だった。そういえば僕はあまり旅行をしたことがない。この時の台湾は初めての海外旅行だったし、西は長崎、東は東京という狭い範囲でしか旅をしたことがなかった。ちなみに台湾でお土産も買った。10000円ほどの蓋碗とか、一つ5000円ほどの台湾茶とか。何が円安だ、今ここで買いたいのだと思ったものをいくつかだけ。自分でルールを決めて買い物したわけではない。これからの生活に取り込みたいと思ったものは少しだけ高価だがたくさん欲しくなるものではなかった。それらのお土産はキャリーケースに綺麗に収まる量だった。あとは何にお金を使ったかという言うまでもなく食事や観光だ。台湾で食べたマンゴーのかき氷はそれほどかき氷が好きではなかった僕を唸らせ、台北101から見た景色は日本にない空の青さを僕に伝え、中生紀念堂の蒋介石像は民族の誇りと尊厳を僕に教えた。いずれも帰国した今はモノとして何一つ残っていないが自分の内部に確かに存在している。見たか修学旅行で安物をチマチマ買っていた自分よ!見たか金食い虫を無限に送り続けていた母よ!!

これ目当てで行ったと言っても過言ではない
台湾茶専門店wolf teaの蓋碗。狼の絵がかわいい。



白さが美しい中生紀念堂
かき氷の概念を覆したMr.雪腐のマンゴーかき氷


 振り返ると台湾に行ったあたりから自分の中の金食い虫を上手に飼い慣らすことができてきたと思えている。40歳で死んでもいいやと考えていた20代の僕を反映するような自分の人生が微妙にスカスカしている感覚。その原因の一つに値する消費に対する不器用さ。スカスカを埋めるための何かをようやく掴んだ気がする。お金もそうだが人間関係もある種の消費なのかもしれない。こう表現すると自分の中の道徳ポリスが「人との関係を消費だなんて許せない!人との関係は永続的なもので絆で繋がってるんだ!」と叫びそうになる。だけどお金を使って何かを得るように、人と人との関係はお金以外のものをお互いにどんどん減らしていきながら共に消費して成り立つのではないだろうか。お金じゃないとすれば心だろうか。質量でも個数でもなんでもいいが何か単位を持った心が双方またはどちらかがゼロになったときにその関係は一旦終わるのではないか。終わると言っても「しばらく会わなくていいかな、またそのうちかな」程度だ。関係性は常に右肩下がりというわけではなく、楽しいことや嬉しいことを共有すること、ときに利益を得ることでプラス方向にも動き消費を繰り返しながらも継続されていく。マイナスに踏み切ったときに「会いたくない、関わりたくない」という気持ちになり本当にその関係性は終わりを迎えるのだ。他人とならマイナスになったら完全に縁が切れるだけの話なのだが、家族だと中々そうは行かない。金食い虫を僕に住まわせた母との消費は頻繁にマイナスとなる。その度にLINEをブロックしたりしばらく帰省せずにいたりしながらそのうちまたゼロから0.00001程度には戻ってしまうのだ。厄介だが血のつながりはお金と違い消費しきれないというものなのだろうか。

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