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メディア業界の業務を生成モデルはどのように改善するか

本記事では、メディア業界において生成モデルがどのように業務の改善に貢献するか分析します。メディア業界でAI/MLの活用推進を検討されている方、またAI/MLの開発に携わっておりメディア業界への提案を検討されている方に参考にしていただければ幸いです。

「メディア業界」として、テレビ局を代表とするコンテンツの制作と配信を行う会社を想定します。広告枠を付与したコンテンツを配信することで広告収入を得ることが基本的なビジネスモデルです。「生成モデル」として、創作に用いられるような生成モデルを想定します。近年のChatGPTやStable Diffusionなどです。創作に用いられる生成モデルについては、次の記事にまとめています。

記事の流れは、メディア業界の課題の理解、AI/MLによる課題の解決、そのなかでの生成モデルの用途、の3段階で構成しています。では始めていきましょう!

メディア業界の課題の理解

業務の流れと、そこでの課題を可視化してみましょう。業務の流れは、セプテンバー社が公開している「テレビ番組ができるまで」を参考に業務プロセスを書き起こします。メディアもちろんテレビだけではありませんが、代表的な例として取り上げます。他のメディアでも、類似する点があるのではないかと思います。課題は、日本のテレビ放送局のうち上場している日本テレビ、テレビ朝日、TBS、フジテレビ、テレビ東京の5社の有価証券報告書を参照しました。書き起こした業務プロセスの中に赤いポストイットで添付しています。

業務プロセスと、課題をマッピングした図は次のようになります。業務プロセスはEvent Stormingという手法で書いてます。手法の詳細は別途記事を書こうかと思いますが、左から右に業務の手順が書いてあるというところだけ知って頂ければ読むのに差支えはないと思います。

テレビ制作の業務プロセスと課題

テレビ制作会社の課題と対策はおおむね次のストーリーに沿っています。

  1.  多様なメディアが多様なプラットフォームで配信されることで、視聴者の「視聴時間」がテレビから分散している。特に外資系企業が参入するインターネット動画が伸長し、視聴時間の獲得競争が激しさを増している。

  2. 視聴時間を獲得するには、コンテンツの魅力の向上と、配信形態の多様化が不可欠である。

  3. コンテンツの魅力向上を行うための施策に取り組む。配信形態の多様化としてTVerをはじめとした動画配信を実施する。配信を通じて得られたデータからよりよいコンテンツの制作やスポンサーへの合理的な効果説明を推進する。

各社の有価証券報告書は次のサイトから参照できます。上記のストーリーは主に「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」に依拠しています。

3については、各社次のような施策を取っています。報告書を読む限り、日本テレビとテレビ東京は方向性がはっきりしている印象を持ちました。

  • 日本テレビ: VTuber事業の新設、ウォルト・ディズニー・ジャパンと提携した番組制作と配信、アニメ事業の強化。

  • テレビ朝日: サイバーエージェントとの共同事業「ABEMA」や動画広告配信プラットフォーム UltraImpressionでのデータ活用

  • TBS: オリジナルIP(知的財産)開発を推進

  • フジテレビ: 番組コンテンツの制作に経営資源を集中的・効果的に投下

  • テレビ東京: アニメビジネス販路拡大と多角化、イベント事業の強化

「コンテンツの魅力の向上」と、「配信形態の多様化」という2つの大きな課題に対し、機械学習、また生成モデルが解決に寄与するかが大きなポイントとなります。次節で見ていきたいと思います。

AI/MLによるメディア業界の課題の解決

AI/MLによるコンテンツの魅力向上

はじめに「コンテンツの魅力の向上」に対するAI/MLの貢献を検討します。コンテンツの魅力を質と量の2つに分け、質については技術確認によるクリエイティビティの向上、量については制作プロセスの迅速化による作成本数の向上のアプローチを検討します。生成モデルは主に前者で活きそうです。

AI/MLによるコンテンツの質向上は「代替」と「追加」2種類があります。代替は既存のコンテンツをAI/MLで生成されたものに置き換えること、追加は既存のコンテンツにAI/MLで生成されたものを加えることです。

代替ではデジタルヒューマン構築が進んでいます。イスラエルのD-IDはまさにGPT-3とStable Diffusionを組み合わせて合成したデジタルヒューマンに読み上げをさせるサービスを公開しています。サイバーエージェントでも研究開発が進められています。

代替の代表的な例はボーカロイドでしょう。ボーカロイドはヤマハが開発した歌唱合成技術です。これにより実在のボーカリストがいなくても歌唱付きの楽曲が制作できるようになり、クリエイターの制作の幅が広がりました。これにより、著名な米津玄師さんや、YOASOBIのAyaseさんが発掘されたとなれば、「コンテンツの質向上」に大きく寄与したAI/MLの事例といえると思います。

コンテンツ制作のボトルネックとなっている人間の実在性を「代替」することで、個人/少人数クリエイターの創作の幅を広げて才能を発掘する裾野を広げる。これがAI/MLによるコンテンツの質向上の一用途だと思います。集英社の開発しているWorld Makerは、この流れに沿った例だと思います。ボーカロイドの次だと、ミュージックビデオの生成が考えられますがこちらはまだ事例がありませんでした。

有価証券報告書の中では、テレビ朝日がバーチャルヒューマン研究開発に言及しています。他に、AR/VR/XRといった、現実空間以外の体験創出への注目が見られました。テレビ朝日は「AR/VR・ロボットなど新たなエンタテインメントに関わる技術の開発」、TBSが「XRステージの開発」に言及をしていました。ただ家庭用VR機器の普及率は6%に留まっており、製作が進んでも視聴はまだ追いつかないかもしれません。

追加はAI/MLによる予測を活用する事例があります。日本テレビの「AIキャッチャー」はAIによる配球の予測を実況中継にオーバーレイし、予測を楽しむコンテンツにしています。予測の「追加」により、視聴者の勝敗を予測する楽しみを増幅させる例と言えます。

同じく日本テレビで、「東京マラソン2021」において中継画像から画像認識技術でCG合成に必要な情報を抽出し、リアルタイムで世界記録や日本記録のペースで走るランナーのCG動画を合成したRECORD MANの事例があります(有価証券報告書より)。

海外ではNFLでパスの成功率などを予測して表示しています。

脚本のあるドラマやバラエティと異なり、スポーツは筋書きがないドラマなので「予測をしながら楽しむ」パートナーとしてAI/MLの活用は有効かもしれません。

AI/MLによるコンテンツ制作プロセスの改善は特に編集領域で顕著です。リアルタイムかつ試合数が多いスポーツでは、編集の効率化はもちろんカメラ自体に編集機能を組み込んでいる製品も発売されています。MIXIのTIPSTARでも部分的な自動編集が行われています

編集作業の付加価値よりも、速報性の方が付加価値が高いコンテンツは自動編集が適しているでしょう。テキストでは日経新聞の決算サマリーで自動記事作成が行われています。速報性が高いコンテンツに自動編集を適用することで、速報性を失わないまま一定以上の編集により付加価値を高めることは有効な用途と考えています。スポーツであれば選手の説明や実況のテキストを自動で生成し、ナレーションで読み上げるなどの活用が考えられるでしょう。こちらはFOX Sportsで事例があります。AWSはNFLはじめスポーツ領域で結構事例があります

国内でも、オリンピックの中継で国際映像信号の英字テロップ画像認識してを日本語テロップへ置き換える(日本テレビ)、番組テロップの文字詰め自動化(テレビ朝日)、画像認識/音声認識を用いたニュース配信(TBS)、画像認識によるメタデータの自動付与(フジテレビ)などの事例があります。速報性が高いニュースへの活用が目立ちました。全体として、スポーツ中継や、ニュースといった速報性が高い領域でAI/MLの活用が進んでいますし今後も加速すると考えています。

実写ばかりでしたがアニメーション制作プロセスでも活用事例があります。Netflixでは、背景画生成ツールの開発にチャレンジしています。

国内では東映アニメーションがPFNと背景製作の効率化に向けた研究開発を行っています。Scenifyという背景美術制作ツールでAdobe Photoshopに組み込んで使えるようです。

AI/MLによるコンテンツ制作プロセスの改善は、既存ツールとの統合が肝になると予測します。AI/MLのツールと既存のツールで2つ使い分けないといけなくなったら、スイッチングコストが派生するためです。日本のテレビ制作現場ではEDIUSやFinal Cut Pro、アニメーションの製作ではAdobeなどのツールのプラグインとして開発する必要があると考えています。例えば、日本テレビが開発した自動モザイク入れソリューション BlurOnはAdobe After Effects プラグインとして使えるようになっています。

AI/MLによる配信形態多様化への対応

ここでは、媒体の最適化とチャネルの最適化2つの側面から見ていきます。現在は様々な媒体に、様々なチャネルでコンテンツを配信できます。このとき、テレビやスマートフォンといった媒体ごとに最適化されたコンテンツを、ユーザーにとって最適なチャネルで提供する必要があります。そのためにAI/MLがどのように貢献できるか見ていきましょう。

媒体ごとに最適化では、映像チェックへのAI/ML活用の事例があります。デバイスが多様化するにつれ、それぞれのデバイスで映像が問題なく表示されているかチェック欠かせませんが、人間が目で見て行うのは大変です。そこでPrime Videoでは映像チェックに機械学習を利用しています。

機械学習とは離れますが、Prime Videoで8,000を超えるデバイスでどうアップデートを行うのかの研究もおこなわれていました。Web Assemblyを使っているようです。

媒体ごとの最適化では映像本体だけでなく映像を説明するサムネイル/ショート動画の作成も重要でしょう。ここでもNetflix、Prime Videoの事例があります。AWSではハイライト/リプレイ用のクリップを検出するMedia Replay Engineをオープンソースで公開しています。

国内では朝日新聞社の取り組みが見られました。

これまで見てきたように、AI/MLはテレビメディアが抱える重要な2つの課題であるコンテンツの魅力向上と配信形態の多様化に貢献できます。

コンテンツの魅力向上では代替と追加の事例を参照しました。代替では実在の人間に依存しないデジタルヒューマン技術により個人クリエイターの幅を広げることで才能の発掘につなげられること、ボーカロイドにてすでに実績があることを示しました。追加では野球の配球予測やランナーのCGモデルをオーバーレイした日本テレビの事例に触れ、特にスポーツ中継において「予測する楽しみ」を増加させるのに用いることができることを示しました。

配信形態の多様化では、媒体の多様化とチャネルの多様化の解決事例を参照しました。媒体の多様化ではPrime Videoによる媒体ごとの画像品質チェックや最適なサムネイル画像/シーンの抽出、チャネルの多様化ではNetflix/Prime Videoをはじめとした各社の推薦事例を参照しました。

ChatGPTやStable Diffusionといった生成モデルは、次の2つのシーンで利用できそうです。

  1. コンテンツの質的な向上における「代替」の用途

  2. コンテンツの量的な向上を実現するための編集自動化

1についてはサイバーエージェント、サイバーエージェントと提携するテレビ朝日が最も進んでいると思います。2については、まだ国内での事例が見受けられませんが、スポーツ中継でAIキャッチャーやRECORD MANの事例がある日本テレビが最初に事例化するかもしれません。いずれにしてもニュースやスポーツなどリアルタイム性が高いコンテンツで活用が進むと思います。

AWSでは、プロダクト開発チームが課題解決の手段として機械学習を選択できるようになるためのワークショップを提供しています。ワークショップの資料は、すべてGitHubで公開しています。生成モデルの実用化に関する知見も今後追加されていく予定ですので、関心ある方はぜひWatch + ☆を頂ければ幸いです!


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