ゲーム業界の業務を生成モデルはどのように改善するか
本記事では、ゲーム業界において生成モデルがどのように業務の改善に貢献するか分析します。ゲーム業界でAI/MLの活用推進を検討されている方、またAI/MLの開発に携わっておりゲーム業界への提案を検討されている方に参考にしていただければ幸いです。
「ゲーム業界」として、スマートフォン向けのモバイルゲームを開発している会社を想定します。ゲームに応じて様々な課金タイミングがあり、ビジネスモデルは一様ではありません。ただ、ビジネスモデルによりゲームの開発プロセスに大きな差異は発生しないと想定します。
「生成モデル」として、創作に用いられるような生成モデルを想定します。近年のChatGPTやStable Diffusionなどです。創作に用いられる生成モデルについては、次の記事にまとめています。
記事の流れは、ゲーム業界の課題の理解、AI/MLによる課題の解決、そのなかでの生成モデルの用途、の3段階で構成しています。では始めていきましょう!
ゲーム業界の課題の理解
はじめに業務の流れと課題を可視化します。業務の流れはDimps社が公開している「ゲームができるまで」と「【ゲームの教養】ゲーム開発プロセスにおける人件費とゲームエンジンの関係性」を参考に書き起こしました。課題はモバイルゲームを開発している会社の中から推定売上高が高く上場しているMIXI、ガンホー、コロプラ、DeNA、グリーの5社の有価証券報告書から読み取ります。有価証券報告書の「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「事業等のリスク」などを参照しました。各社の有価証券報告書は次のリンクから参照できます。余談ですが売り上げ上位の会社でも上場していないことが多いです。
ガンホー: 2021年12月期 有価証券報告書
コロプラ: 2022年9月期 有価証券報告書
DeNA: 2022年3月期 有価証券報告書
グリー: 2022年6月期 有価証券報告書
業務プロセスと、課題をマッピングした図は次のようになります。業務プロセスはEvent Stormingという手法で書いてます。手法の詳細は別途記事を書こうかと思いますが、左から右に業務の手順が書いてあるというところだけ知って頂ければ読むのに差支えはないと思います。
意外にも、図の右端である運営段階でリスクが多いことがわかります。運営段階において想定されているリスクは次のようなものがあります。
ユーザーの嗜好が移り変わるリスク
参入障壁が低いことによる競争激化のリスク
Apple、Google等プラットフォーム運営事業者の運営方式が変わるリスク
ゲーム内のユーザー同士の交流等から発展するコミュニティ有害化リスク
悪質なユーザーによる不正利用リスク
開発段階においては、開発費の高騰が課題として挙げられています。リスクは対策するなら低減するか移転するかになります。移転は万一ヒットしなかった場合の保険などが該当しますが、今のところそんなサービスは見当たらないため低減一択となります(共同で開発することでリスクを共有することはあるかもしれません)。低減の施策として、1~3は外部要因であるためリスク分散による発生確率の低減、4~5と開発費の高騰は対策を講じ影響を低減します。
ゲーム会社がとっているリスク分散の方法を挙げます。コロプラの有価証券報告書には丁寧にリスク分散戦略が記載されており、下記の戦略を書くにあたり参照しました。
コンテンツの分散
タイトルがターゲットとする年齢や嗜好を分散して開発し、嗜好の移り変わりによる経営リスクを低減する。デバイスの分散
スマホだけでなくコンシューマーやVRといった他デバイスへ展開する。デバイスだけでなく、特定のプラットフォーム運営事業者に依存しないことでデバイスの趨勢や運営の変更による経営リスクを低減する。地域の分散
様々な地域で配信することで地域経済動向による経営リスクを低減する。事業の分散
ゲームのブランドをテーマパークやグッズ等他事業へ展開することでビジネスモデルの規制等による経営リスクを低減する。
リスク分散で対処しないものは、低減策で対処します。
開発費高騰リスクの低減
コミュニティ有害化リスクの低減
不正利用リスクの低減
ゲーム開発はかくも避けがたいリスクと抑えがたいリスクに見舞われます。「空前の盛り上がりを見せるインディーズゲームとは何か。現在に至る歴史を振り返りながら,Indie Apocalypseとその後の未来を考える」では次のような記載があります。
ゲーム制作会社は上記7つのリスク対策はもちろん、様々な工夫を行うことで経営を維持しつつ楽しいゲームを開発しています。手元にあるゲームはそうした努力の結晶ですから、適当には遊べませんね。
ゲーム会社の7つのリスク対策をAI/MLはどのように支援できるでしょうか。次節で見ていきたいと思います。なお、デバイスの分散は開発費高騰リスクの低減に含み、コンテンツの分散、事業の分散は人間が意思決定し行うことなので除外します。
AI/MLによるゲーム業界の課題の解決
開発費高騰リスクの低減
ゲームのグラフィック、サウンドの進化に伴い開発費は高騰しています。開発にかかる人件費だけでなく、競合より注目を引くための広告費も欠かせません。2021 CESAゲーム白書を参照すると、スマートフォンとタブレット用ゲームの開発費は「1億円超・5億円以下」が60%、(広告費含めた?)運営費は「月3000万円超」の回答が45%で最も多いです。そして、スマートフォン向けゲームの寿命は400日という言説があります。開発費5億、運営費が3000万/月、400日以内に開発費を回収する場合月額6750万円の売り上げが必要になります。ファミ通モバイルゲーム白書2022によれば8割が無課金ユーザーであり1ユーザー当たりの課金額の期待値は900円程度になることから、月のアクティブユーザーが75000人。1ヶ月に1回遊ぶユーザーが48.6%なので15万人超はユーザーが欲しいところです。開発費を下げることで越えなければならないバーを下げることができます。
ゲームの開発は「アセットの作成」と「プログラムによる統合」の大きく2つの工程に分けられます。アセットはゲームのキャラクターや音楽、エフェクトといったゲームの素材を作ること、プログラムはそれらを組み合わせてゲームにすることです。
アセットの生成は、まさに生成モデルが得意とするところです。DeNAはCEDEC 2022でGANにより生成したキャラクターをゲームで使用した事例を発表しています。駒絵と呼ばれる顔表示が中心の画像を見分けがつかないレベルで生成し、キャラクターの発話音声も付与しています。微妙な違和感がある品質的な問題を、エイプリルフール企画というAIが得意な物量を楽しむイベントと組み合わせることで解決しています。
ゲームでの事例が見つかりませんでしたが音楽生成も行われています。近年のDAW (Digital Audio Workstation)には、自動作曲機能を組み込んだものがあります。
Googleの公開したMusic LMは、テキストから音楽の生成が可能にです。公式サイトからで実際に生成された音楽を聴くことができますが、かなりそれっぽいです。
プログラムによる統合ではまだ事例がありませんでした。アセットを用意したらゲームとして組み立ててくれる時代はもう少し先かもしれません。
プログラム作成後のテストに機械学習を利用する事例はいくつかあります。GREEではルールと強化学習を用いたゲームの難易度チェックを実施しています。強化学習を選択した理由として、ゲームの設定が変わると過去のログが利用できない点を挙げています(ただ人間の熟練プレイヤーはゲームの設定が変わっても高度なプレイができるので、オフライン学習は有効と思います)。
上記は画像や音声といったメディアの生成ですが、テキストの生成に活用した例もあります。UbisoftではNPCのセリフ生成に生成AIを活用しています。
テストも開発における重要なフェーズです。KLabでは様々な端末でのテストを自動的に実行する「ゴリラテスト」を実施しています。端末の画面を認識し操作を繰り返すことで遷移したシーンと検出したエラーを記録します。精度・動作速度の要求から機械学習ではなく既存の画像処理アルゴリズムを中心に使用しています。
論文の段階ですが、Hearthstoneのようなカードゲームで新規カードを追加した時のバランス調整に利用した事例もあります。
自動テストは開発時はもちろんリリース後のイベントやアイテム追加でも利用できます。そのためコストパフォーマンスが良い技術といえるでしょう。
コミュニティ有害化リスクの低減
ゲーム内のユーザーの行動は筋書きがないドラマであり何が起きるかわかりません。GDC2022のレポートでは、「ゲーム業界において2番目に多いプレイヤー減少の要因がコミュニティの有害化」としています。
まず、不正なユーザーの参入を許容しないことは有効です。iOSであれば起動時にFace IDを必須にするなどは本人確認の対策の一つとなります。
ゲーム内でのユーザーのやり取りを逐一監視するのは大変です。ここは、AI/MLの出番です。投稿内のチェックとして、例えばAWSではRekognitionで暴力的な画像や肌の多い露出を検出することができ、ニュース配信やゲームでも使用された事例があります。
自然言語ではなかなか実例が発見できませんでしたが、Kaggleでは有害なコメントを特定するコンペティションが開催されたことがあります。
ゲーム内でトラブルがあれば、ゲーム外のSocial Meidaなどでも拡散されて風評被害やブランドの棄損につながる可能性があります。リスク分散のためにグローバルに展開すればその分だけ逆にモラル崩壊のリスクも増えますから、コミュニティ有害化の予兆を自動的に検知し安全なコミュニティ運営をしていくことは欠かせない技術になると思います。
不正利用リスクの低減
アメリカのセキュリティ会社であるIrdetoの調査は「多人数プレイゲームにおいて77%のプレイヤーは相手がチートしていると感じたらプレイするのをやめてしまい、48%はアイテムの購入もしなくなる傾向がある」と報告しています。不正利用は不正自体の被害だけでなく、他のプレイヤーにも大きな影響を及ぼすということです。
Apex Legendsでは、チートしたユーザーの自動BANを行うために機械学習を用いると発表しています。2019年の記事なので、現在は実装済みかもしれません。
チートの検出の研究は次の記事にまとめられています。前提としてユーザーの行動ログが収集されており、何を不正な行動とみなすか定義されている必要があります。使用するのがログデータであることから、クレジットカード等の不正利用検知の事例を応用することが可能かもしれません。
もちろん、ゲーム画面を利用した不正検知も研究されています。
地域の分散
翻訳を行うことでゲームが遊んでもらえる確率を増やすことができます。ファミ通モバイルゲーム白書2022によれば、日本のモバイルゲームコンテンツ市場規模が1兆3060億なのに対しアジア全体では4兆8339億、世界全体では9兆1697億になります。ローカライズをすることで3倍、7倍程度に売り上げを拡大できる可能性があるわけですから、地域分散はリスクの面だけでなく純粋な収益の押上にとっても重要です。
機械翻訳はローカライズに欠かせない技術です。ゲームのローカライズは専門に行う会社があるようで、ゲーム会社自身でなくローカライズを行う会社で使われることになると思います。
おわりに
ゲーム開発はリスクが高い事業です。そのリスクは、開発プロセスよりもリリース後に集中しています。リリース後にユーザーコミュニティが有害化することは離脱理由の2位、チートプレイヤーの存在は70%超の離脱を生みます。インディーズ含め高騰する開発費、新規参入が相次ぐ中で広告費を投じてリリースされたゲームを守り、他エンターテイメント事業や海外への展開ができるIPに育てることはゲーム会社にとって重要です。
AI/MLは、開発の効率化、コミュニティ有害化の予防、不正利用の検知、グローバル展開の4つに有効です。創作に用いられる生成モデルは、画像だけではなく音声や3DCGなど多様なアセットの生成に役立つことが期待でき、開発費の削減に貢献できる可能性があります。すでにUnityに組み込んだり、テクスチャーの生成を行っている方いました。
生成モデル2.0の特徴として、自然言語から生成が可能です。そのため、プランナー自身がイメージしているアートワークを生成するといったコミュニケーションの円滑化にも利用が期待できます。
AI/MLがユーザーの耳目を引く創作を行うことは難しいかもしれません。DeNAの事例でも、生成サイズを限定し企画と組み合わせての活用でした。生成モデルを含めたAI/MLは、創作を担わせるより人間の創作を「守る」、具体的には差別化に繋がりにくいテクスチャーや効果音といったアセットの生成を代替し創作の時間を「守る」、有害化や不正利用を防ぎゲームを「守る」、そうした用途に向いているのではないかと考えています。
AWSでは、プロダクト開発チームが課題解決の手段として機械学習を選択できるようになるためのワークショップを提供しています。ワークショップの資料は、すべてGitHubで公開しています。生成モデルの実用化に関する知見も今後追加されていく予定ですので、関心ある方はぜひWatch + ☆を頂ければ幸いです!
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