チェコで万引き犯に間違われた話
2016年8月。私は中欧チェコの首都、プラハにいた。
その日、プラハから東に70キロほど離れた町、「クトナー・ホラ」近郊の観光名所に日帰りで向かう支度をしていた。
午前9時ごろ、電車が発着するプラハ中央駅に到着。駅はまるで空港のように広々としている。
クトナー・ホラ行きの電車は1時間に1本。腕時計を見ると、次の電車まであと30分ある。駅構内にスーパーを見つけたので、昼食を調達することにした。
陳列棚をぐるぐると回り、パン、野菜、果物、冷凍食品、惣菜と各コーナーを物色する。海外のスーパ―って、眺めるだけでお国柄が垣間見れてワクワクしちゃう。
気に入ったのが、イタリアンドレッシング付きの「キュウリとトマトのサラダ」と、カニカマ入りの「カリフォルニアロール」。この2つをカゴに入れ、レジに向かった。
レジのベルトコンベアーに商品をのせ、会計を済ませる。ところが、丸裸の状態で商品を渡されてしまった。
(しまった! この国ではレジ袋が有料だったか……)
スーパーの出口を抜け、パックふたつを両手に抱えて立ち尽くした。
あいにく、この日に身に着けていたのはコンパクトな斜め掛けバッグのみ。さすがにこの中には入らない。
(手で持ち歩いて中身がこぼれないか心配だわ。せめて何かに包みたいんだけど……)
そして、ふと思いついた。
(そうだ、量り売り用のポリ袋をもらおう!)
青果コーナーで無料提供される、セルフ量り売り用のポリ袋。自分で必要な分をちぎり、品物を詰めて量りに載せ、値段シールを貼るための袋だ。
私は再び入店し、青果コーナーに直行。そこでポリ袋を2枚ちぎって、サラダとカリフォルニアロールをそれぞれ入れた。これで中身がこぼれる心配はない。
(私ってば、天才やわ)
意気揚々とパックふたつを抱え、店の出口を抜けたその瞬間……
「おまえ、ちょっと待て!」
背後で大声が聞こえて振り向くと、上下グレーの服を着た長身の黒人男性がこちらに駆け寄ってきた。えぇ、私!? Me!?
彼が険しい顔をして、英語でなにか話しかけてくるのだが、訛りが強くて聞き取りにくい。
しかし、彼が私のサラダとカリフォルニアロールを指差して怒鳴った内容を解した瞬間、悪寒が走った。
「それを盗んだだろう!」
ちょちょちょちょちょちょ!待って待って待って!
「盗んでません!さっきレジを通ったんです。ちゃんと買いました!」
「ポリ袋が欲しくて再入店したんだ」と必死で説明を試みても、彼は聞く耳をもってくれない。
「言い訳無用だ。とにかくこっちへ来い」
だから、盗んでないって!
「これから警察を呼ぶ」
警察!?!? 待って待って待って!
もうパニック状態。
まさか、私的な理由でポリ袋をもらったことが、この国では犯罪になるのだろうか。たったポリ袋2枚で警察に連行?
いやしかし、ここはチェコ。異国事情はわからない。あり得るかもしれない……
いろんな推測が頭をよぎり、顔面蒼白。背中に冷たい汗がツーッと流れた。
「とにかく、中で話を聞かせてもらおうか」
荒々しい口調の男。ごつい腕にはタトゥーが大きく刻まれている。怪しい。もしかしてこの人、私を騙そうとしてるんじゃない? そうだ、そうに違いない!
「ていうか、あなたこそ何者なんですか!?」
「俺はここの警備員だ」と、男は胸に付けたIDカードをドヤ顔で見せてきた。確かに、カードには彼の顔写真がある。しかし、その目の奥に怪しい光を宿しているように見えた。
(やっぱり危険だ! 逃げなきゃ…!)
ところが男は強引に私の腕を引き、どこかへ連れて行こうとする。
(やばい! 誘拐される!)
身の危険を感じた私は、スーパーのレジに駆け寄り、藁にもすがる思いで店員のおばちゃんに必死で助けを求めた。
「He is cazy!! Please help me!!」
(この人おかしいです! 私を助けてください!)
だがおばちゃんは複雑な表情を浮かべ、無言で私を一瞥するだけだった。私の叫びはむなしく、男に腕を引かれ、強制的に店の奥に連れていかれてしまった。
「そこに座れ」
事務室のような薄暗い部屋で、椅子に座らされた。
「今すぐ罰金○コルナを払えば許してやる。払えなければ、警察を呼ぶ」
払えない額の罰金ではなかったが、今後の旅資金は大ダメージを喰らう。だがもし捕まりでもしたら、世界一周どころではなくなってしまう。
「だから、盗んでないんですって!!」
「嘘つけ! 俺ははっきりとこの目で見たんだ。罰金を払うのか払わないのか、どっちなんだ!」
その時、私はようやく思い出した。
レシートがあるじゃないか!!!
「ちょ、ちょっと待ってください!」
斜め掛けバッグから財布を取り出し、さっき購入した分のレシートを見せた。
「………」
無言でレシートを見つめ、きょとんとする男。
「ちゃんと買ってるじゃないか。なんで、盗んでないって言わなかったんだ!?」
「何度も言いました!でも、あなたは聞く耳をもたなかった……」
私はボロボロ泣いた。
「悪かった」と男は素直に謝り、背中をさすってくれた。無事に解放されたとき、どっと疲れが吹き出した。
どうやら、私がポリ袋をちぎった後にレジを通らずに店を出てしまったことで、万引きしたと勘違いされたらしい。
そして、彼は正規の警備員だった。
勘違いされるような行動をした私にも非がある。警備員さんをクレイジー呼ばわりしてしまったことも反省した。
クレイジーなのはどちらかと言えば、私の方だったみたい。
午前10時半。電車を乗り逃してしまった。もう、疲労困憊。災難に見舞われ、とんだ1日の幕開けだ。なんてかわいそうな私……
その次の列車には無事に乗車できた。クトナー・ホラ駅近くのベンチで食べたサラダとカリフォルニアロール。なんだか特別な味がした。
みなさんはこんなヘマをしないよう、どうかお気をつけて……
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