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バンコクの「宝石ハンター」SATOKOさんがジュエリー製作にかける想いとは 

世界有数の「宝石集積地」として名を馳せるタイ。その宝石加工技術は世界トップクラスとされ、世界中から宝石商が集まる。バンコクにおける宝石取引の中心地「ジュエリートレードセンター」では、フロア一面に数多くの宝石店が軒を連ね、ガラスのショーケースには光り輝く宝石やジュエリーが陳列されている。

そこに顔馴染みのサプライヤー(宝石を売る業者)と笑顔で挨拶を交わす日本人女性がいる。SATOKO HIRATAさん(39)だ。自身が手掛けるジュエリー製作に必要な石を買い付けにきたのだ。目利きのため、ブルーに輝く8ミリほどの宝石をひとつずつピンセットでつまみ、真剣な眼差しでルーペを覗き込み、物凄いスピードでグレードごとに選別していく。

いわば「宝石ハンター」として宝石業界のプロたちと肩を並べるSATOKOさんだが、たった2年前は素人で、異国の地で宝石の世界をゼロから開拓してきた。彼女はなぜ宝石に魅せられ、どんな信念や想いをもってジュエリー製作を行っているのだろうか。話を伺った。

宝石の買い付けにおいて大切なこと

バンコク在住歴3年のSATOKOさんは、現地で石の買い付けから、カット・デザイン・加工の依頼を含めたジュエリー製作を全てひとりで行っている。

彼女の宝石買い付けに同行した。良い石を見極めるうえで何がポイントなのだろうか?

「まずは自分の欲しい石、色、形、クオリティーを明確にすることです。石のグレードは大きさやカット、色や輝り(てり)に加えて、加熱か非加熱といった処理の有無、さらに産地などが掛け合わさって決まるため、そのあたりの知識習得は必須です。それから、良いサプライヤー選びも大切。ルビー専門とかサファイヤ専門とか、そういった専門店はこだわりをもって質の良い石を揃えていることが多いです」

真剣な表情でルーペを覗き込みダイアモンドの選定をするSATOKOさん

宝石の目利きはスピード勝負。ここでプロか素人かが試される。目の前のショーケースに並んだアクアマリンはどれも美しく見えるが、SATOKOさんは一瞬で目利きして、そのうちのひとつを指差す。

「上の右から2番目の石、他と比べて圧倒的に “輝り” が綺麗なのが分かりますか?  3~5秒で判断するのがお作法です」

サプライヤーのインド人男性も真剣な表情だ。彼が電卓に打ち込んだ数字を見て、SATOKOさんは宝石の購入を決めた。値切りはしないのか?と尋ねると、「基本的にはしない」と言う。

「互いにプロとしてリスペクトし合える関係を築けていれば、適正価格で取引してもらえるはず。だから変な値切りはしません。その代わり、絶対に手を抜かないで仕事をしてもらいます。一緒に切磋琢磨できる同志のような関係構築を目指しています」

サプライヤーはタイ人に加えてインド系、中東系、アフリカ系が多く、交渉は英語で行っている。やり手な彼らとの交渉は一筋縄にはいかず、ディープな交渉になるとホテルやビルの一室に通されることもあるという。

買い付けした石はそのまま鑑別に出し、クリアすれば職人の手に渡る。SATOKOさんは彼らの作業工程を傍らで見守り、細かく確認をいれながらジュエリー製作を進めていく。

職人とデザインの角度や高さについて何度も議論を重ね、作り直しも経て完成した指輪

ゼロから宝石の世界を開拓し、たった2年で目利きのプロに

大手広告代理店に17年勤務し、2019年春に夫の仕事の都合でバンコクに移り住んだSATOKOさんは、二児の母でもある。

幼少期から祖母や母が所持するジュエリーに触れたことはあったが、本格的に宝石の世界に足を踏み入れたのは2年前。タイ生活が1年過ぎた頃、夫が「感謝と労いに」とプレゼントしてくれたタイ産ルビーのジュエリーがきっかけだった。

「モゴック産が最高峰とされるルビーですが、熟れたザクロのようなダークレッドが特徴のタイ産ルビーも格別なんです。すでに枯渇していて入手が困難でしたが、ふたりで手当たり次第に探し回ってようやく良い石を見つけました。

ただ、その石をはめ込んだジュエリーが安いシルバー製で。『大切な人からもらったモノに妥協はできない!』という気持ちが湧き、手持ちのジュエリーを含めて手探り状態でお直しに挑戦するうち、宝石の世界にのめり込んでいったんです」

ご主人から贈られたタイ産ルビーのジュエリーを作り替えて完成したピアスとネックレス

SATOKOさんは宝石について一から学ぶため、直談判してプロバイヤーに弟子入りした。60時間かけて買い付けや商談の作法を学び、独学でジュエリーデザインの知識を習得し、さらに45時間かけて宝石鑑別のクラスを受講した。

男社会かつ実力主義な宝石業界に飛び込み、石の仕入れ先をゼロから開拓し、職人との関係を構築していった。インド人やアフリカ人相手にひたすら交渉の経験を重ねる日々。「体育会系の広告業界で培ったサバイバル力が生きた」と振り返る。

エメラルド専門店で選りすぐりの1点を探すSATOKOさん

そんな彼女は、気付けば2年足らずでジュエリー製作を一通りこなせるようになり、さらに熟練のプロから石の目利きを頼まれるほどの優秀なバイヤーに成長していたのである。

指に光る指輪を愛おしそうに眺めながら、「このアメトリンは初めてひとりで買い付けしたときに一目惚れして、アフリカ人相手に3日間の交渉をした末にやっと手に入れたものです」と語る。

交渉が最難関とされるアフリカ人サプライヤーから購入したアメトリン

「サイドのダイアモンドは一から開拓したダイアモンド専門のサプライヤーから仕入れ、プロの鑑定士がひとつひとつ選定した一級品です。製作陣営と入念な打ち合わせを重ね、やっと指輪が完成したときは感動しましたね。この自信作と同じものを、愛する母に贈りました」

アメジストとシトリンのバイカラーが美しいアメトリン。こちらの指輪はお母さまに贈られた

宝石の勉強と育児の両立はハードで、「今から宝石のプロを目指すなんて無謀だ」という葛藤を抱えたこともあった。だが悩み抜いた先に、「私は宝石が好き。 自分のために学びたいんだ」とSATOKOさんは悟った。

「この歳になって、心から夢中になり情熱を注げるものに出会えて幸せです。経験を重ねるたび審美眼が養われて自分の成長を実感でき、今は宝石の勉強が楽しくて仕方がありません」

選んだ石はその人自身である

しかし、なぜSATOKOさんはそこまで宝石の世界に魅せられたのか?

彼女はタイで数多くの宝石やジュエリーと出会うなかで、「宝石は地球が数億年かけて生み出した奇跡の産物。自然の一部なんだ」ということを肌で感じ、世界で唯一無二の宝石と人が巡り合うという壮大なストーリーに心躍らせた。

「人と同じく、石もひとつとして同じものはありません。どの石を綺麗と思うかはその人の感性と価値観により、究極のところ石選びとは『自分との対話』だと思うのです」

深みのあるワインレッドが近年人気な「ロードライトガーネット」の高品質なルース(裸石)

SATOKOさんにとっての宝石やジュエリーとは「その人自身を投影したもの」であり、「自分で自分を肯定してその価値を高め、自分で自分を満たす手段のひとつ」だという。

「宝石やジュエリーは “ステータスの象徴” や  “富裕層の贅沢品” として捉えられることが多く、そのような考えを私はまったく否定しません。でも、私にとってのジュエリーは “私自身” なんです。一切の妥協をせず、自分が一番綺麗だと思った石を選んで作ったジュエリーは、どこに出しても恥じるところがないものです」

抜群の透明度を誇る「パライバトルマリン」は知る人ぞ知る希少石

自分の証である唯一無二のジュエリーを身に纏えば見るたびに満たされ、「私にはそのジュエリーを身に付ける価値がある」と肯定して自分をより高めていける。そうすれば人生はさらに満ち足りたものになるはず。これが彼女が捉える宝石の魅力なのだ。その考え方にはヨガマインドが大きく影響している。

「無我夢中で仕事にのめり込んでいた20代後半、あるときプチっと何かが切れてしまって。1か月半の有休をもらってハワイでヨガ修行をしたんです。自分を見失いかけていた私はヨガを通じて、エゴを削ぎ落とした先にある『自分の核』を見つけ、信じることができました。
 
今思うのは、ぶれない自分軸が何よりも大切という点で、ヨガとジュエリーは同じだなって。ハワイから戻ったら憑き物が落ちたかのように顔が優しくなっていたらしく、周囲から驚かれました(笑)」

宝石業界を下支えする匠の技に光を当てたい

もうひとつ、SATOKOさんが宝石の世界に飛び込んでから気付いたことがあった。それは、ジュエリーの作り手である職人たちの絶え間ない努力に光が当たっていないことだった。

「ジュエリー製作はいくつもの工程に細分化され、何人もの職人が関わっています。日々の鍛錬に鍛錬を重ねて磨き上げられた彼らの職人技にこそ真価があり、1mm以下の世界にこだわるプロ魂にはいつも驚かされます。

プロたちが一体になって仕上げたジュエリーは、どんなに小さなものでも格別の美しさを宿しているんです。ちなみに私が今はめているアメトリンの指輪の製作には、7人の職人が携わっています」

1点もののジュエリー製作に使われる「ロストワックス(型)」を作る職人

「でも……」とSATOKOさんは続けた。

「彼らの職人技を私たちエンドユーザーが見る機会はほとんどありません。ジュエリーにはこんなに光が当たっているのに」

SATOKOさんが宝石の勉強を始めたとき、職人やダイアモンド鑑定士に頼み込んですぐ横で職人技にふれる機会があった。彼女が質問を投げかけると、みな驚くほど丁寧に説明してくれたという。

1.2ミリのダイアモンド一粒一粒を細かくチェックして一級品のみを選定するダイアモンド鑑定士

「ひとりひとりがプライドを持って仕事をしている証だと思います。もっと職人に光を当てて、彼らの仕事をリスペクトする人を増やしたいんです」

SATOKOさんが構想する「新しいジュエリーの世界」

SATOKOさんがジュエリー製作を通じて実現を目指すのは、職人とエンドユーザーの繋ぎ役として「トリプルウィン」な関係を構築し、ジュエリーの新しい価値を伝えることだ。

「エンドユーザーには彼らの希望を職人に伝えるアシストをし、ジュエリーが手元に届くまでのストーリーを全て共有します。一方で職人にもスポットライトを当てて、『お客さんの笑顔があるのは、あなたの仕事のおかげ』だと伝えたいです。そして双方に喜んでもらえたとき、私自身も喜びで満たされるのです」

「ジュエリーの新しい価値を伝えたい」と語るSATOKOさん

タイでのジュエリー製作において彼女が提案するのは、「せっかくなら心がときめく最高ランクの宝石を手に入れてほしい」ということだ。

「日本では滅多にお目にかかれない希少石や最高ランクの石を、宝石ビジネスが一大産業のタイでなら手に入れられるんです。本当に良い石の価値は何年経っても変わらず、ジュエリーのデザインに飽きたら作り替えることもできます。

私が目指すのは、ご自身にとってかけがえのないジュエリーに出会えるようお手伝いをすること。そのジュエリーが唯一無二のストーリーと共に、3代先まで受け継がれるものになればいいなと思っています」

SATOKOさんの発信活動はこちらからチェック
・Instagram (satokohirata_

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