グアテマラで1週間の超短期スペイン語留学
2016年2月。仕事を辞めて世界一周へと出発した私は、1カ国目のメキシコに入国して早々、スペイン語圏の洗礼を受けた。
ある日、メキシコシティの市場でトマトを指差して「How much is it?」と尋ねると、店員の女性が「英語はわからないわ」と首を横に振ったのだ。
その予想は的中し、スペイン語力ゼロの私は、現地民との意思疎通にたびたび苦労することに。
そんな私が短期スペイン語留学を決めたのは、メキシコの南に位置する中米の国、グアテマラだった。
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かつてマヤ文明が栄えたグアテマラ。現在も国民の約4割はマヤ系の先住民族とされ、彼らは日常的に色鮮やかで美しい民族衣装を身に纏っている。
そして実は、世界有数のスペイン語留学の聖地としても名高い。留学費用がリーズナブルで、スペイン語の訛りが比較的少ないと言われている。
「常春の国」とも呼ばれるグアテマラは高地が多く、1年を通して温暖で過ごしやすい。物価も高くないので生活費を抑えられ、長期滞在しやすいことも人気の理由である。
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私がスペイン語留学の拠点としたのは、グアテマラ第2の都市、ケツァルテナンゴ(通称シェラ)。標高2300メートルほどの場所に位置し、昼間は温かいが夜は冷え込んで長袖が必須だ。
近場にはカフェやスーパー、大型ショッピングセンターなどがあり利便性が良く、近郊の村に足を伸ばすと温泉に入ることもできる。
シェラには「タカハウス」という伝説の有名日本人宿があり、その宿が経営している日本人向けの学校にて、1週間の短期スペイン語留学コースに申し込んだ。
ホームステイ式で、朝昼晩の3食付き。1日4時間ずつグアテマラ人の先生とマンツーマンで授業を受けられる。
授業料やホームステイ料金すべてを足しても、2016年当時のレート換算で約15500円という破格の値段だった。
(※現在は価格改定で値上がりしています)
選んだコースは超短期のため、細かい文法などは学べない。だが少しでも会話ができるようになりたい私にとっては、まさに求めていた内容だった。
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メキシコ、キューバとスペイン語圏を2ヶ月近く旅してきたにもかかわらず、私が覚えたスペイン語は「こんにちは」「ありがとう」「おいしい」、そして1から10までの数字くらい(少な!)。
そんな超ビギナーの私を待ち受けていたのは、完全なるスペイン語漬けの生活だった。
ホームステイでは、パパ、ママ、息子さん、娘さんの4人家族が暮らす一軒家にて、1週間お世話になった。
留学生活における1日のスケジュールは、だいたいこんな感じ。
▼6:30 起床
朝6時半に起きて、メイクや授業の支度。7時20分から、ホストマザーのエリザベスが作ってくれた朝食を食べる。
エリザベスは料理上手で、毎食とても美味しかった。グアテマラの家庭料理、豆を煮た「フリホーレス」がよく振る舞われた。
▼8:00~12:00 学校で授業
歯を磨いてから徒歩で学校に向かい、8時から12時までグアテマラ人の先生によるマンツーマンレッスンを受ける。
私を担当してくれたのは、アルマ先生という教師歴14年のベテラン先生。優しくて褒め上手な方で、自称「褒められて伸びるタイプ(笑)」の私は、彼女のおかげで毎日レッスンが楽しかった。
基本的には英語でスペイン語を学ぶ。先生との会話を通じて、少しずつ新しい単語やフレーズ、文法を習得していく。たとえば初日は、自己紹介や相槌、「〜が好き」「〜がしたい」などの重要表現など、幅広く教えてもらった。
こんなに久々に真剣に勉強したのは、いつぶりだろうか……。心地良い脳の疲労感がある。
途中の30分休憩で、クッキーをつまみながら先生とワチャワチャ雑談する時間も好きだった。
13:00 ステイ先に戻って昼食
授業が終わったらステイ先に戻り、13時からダイニングでランチタイム。食事中は一息つきたいところだが、決して心は休まらない。そこは授業で習ったことを実践する場なのである。
エリザベスは豪快でサバサバした性格の女性だった。私がつい英語を話してしまうと、彼女は険しい顔をして、こう促す。
やばい、かなりのスパルタである。
初日はみんなの会話にまったくついていけず、でもいちいち質問するのも申し訳なくて、ヘラヘラ笑うしかなかった。正直キツい。
しかしエリザベスが言う通り、「インプットをしたら即アウトプット」というプロセスは、スペイン語習得のスピードを劇的に速めてくれた。たとえば「料理をする」(cocinar)という意味のスペイン語を授業で習ったら、さっそくその日の夕食で使ってみるのだ。
2日目、3日目と日が経つにつれて、食卓で聞き取れるスペイン語の単語が徐々に増えていくのを実感できた。自分の意思や感情を少しずつ伝えられるようになるのも嬉しかった。
エリザベスは私の下手くそなスペイン語に根気強く付き合い、たくさんのことを教えてくれた。
14:00~18:00 カフェで予習と復習
昼食を食べ終わったら、夕食までは自由時間。私はいつも、14時から18時頃までカフェにこもって勉強した。
シェラは安くてお洒落なカフェの宝庫。新スポットを開拓し、可愛いスイーツやドリンクを楽しむのは至福の時間である。
当時は彼氏(いまの夫)と遠距離恋愛中で、カフェでテレビ電話をする日もあった。
19:00 夕食
日が暮れたころにステイ先に戻り、19時から夕食。エリザベスやかわいい娘さんとお喋りをし、夕食後は部屋に戻って次の日の予習に励んだ。
21:00 就寝
部屋ではWiFiが使えず、勉強以外にやることが特にない。日頃使っていない頭をフル回転させるものだから、疲れ切ってすぐに眠くなってしまう。
そんなわけで、21時には就寝していた。ベッドは清潔で良い香りがして、毎晩ぐっすりと眠ることができた。
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ホストファミリーとの相性は正直運による部分が大きいと思うが、私はかなり恵まれていたと思う。
食事以外で彼らと顔を合わすことはほとんどなかったのだけど、私はひとり時間がないと精神的に疲弊するタイプなので、適度な距離感がとてもありがたかった。
ステイ先には私の他に、カナダ人のイサルとアメリカ人のポールという2人の留学生がいた。
食卓で顔を合わせたら「授業、どう?」とお喋りするし、イサルの誘いで彼の留学仲間6人と、チチカステナンゴという大きな市場へ日帰り旅行もした。
異国で送った久々の学生生活は、私にとって究極の青春だった。青春に年齢は関係ないとつくづく思う。
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刺激に満ちた日々はあっという間に過ぎ去り、気付けば最終日。先生やホストファミリーに感謝の気持ちとして、和柄の折り鶴を差し上げた。
留学の集大成として、スペイン語で感想文を書いた。先生の手直しがほんの少しあるけど、ほとんど自力で考えたものだ。
もちろん、たった1週間でスラスラ話せるようにはならない。それでも初対面の人には「今は世界一周中なんです」と簡単な自己紹介ができるようになったし、相手にも質問できることで会話の幅が広がった。
結局、グアテマラにはトータルで1ヶ月半滞在したのだが、気候が良さや人の優しさにすっかり魅了されてしまった。
その後のコロンビア、ボリビア、ペルー、アルゼンチン、パラグアイといったスペイン語圏の旅でも、スペイン語は大いに役立つことになった。
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あれから6年。日常生活でスペイン語を使う機会はほとんどないし、単語もかなり忘れてしまった。それでもたまに街中でスペイン語が聞こえるとテンションが上がるし、中南米の国々に想いを馳せて懐かしさが込み上げる。
新しい言語を学ぶことは、その土地の文化や人について知ることでもある。このエッセイを書きながら、私はグアテマラの留学生活でかけがえのない宝物を手に入れたのだという確信を強めている。
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