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どうしようもない夜

ケアマネ試験合格発表の日。酔いつぶれて朝を迎え、肝臓の苦しそうな声を遠くに聞きながら夜となった。祝勝会を求め、夫婦でちょっといい居酒屋にいった。

いつもなら最初の一杯はビールなのだけど、なんだか気分じゃなくてのっけから日本酒を頼んだ。日高見という、宮城のお酒だった。
お通しはポテトサラダ。水分多めのしっとりとした仕上がりのなかに、熱の通しすぎない玉ねぎの程よい食感。わけあって肝臓以上に悲鳴をあげていた心に染みる味だった。そこに酒を注げば、塩気以外のなにかも洗い流されるような気がした。

透き通った出汁の牛スジ煮や、アジのなめろうコロッケをつまみつつ。それじゃぁそろそろと、スマホを持つ。
試験の合否は、公式サイトに受験番号があるかないかだ。

僕の番号はなかった。パッと見て、すぐにわかってしまった。

なのに、じっくり探してしまうのは愚かだなとおもう。心に傷がついたとき、再びそれを見ようとしてしまうのは何故なんだろう。

正直、受かっていると思っていた。合格基準点を少しだけ上回っているだろうって。
実際、上回ってはいないものの、基準点とちょうど同じ点数だった。でも、番号はそこにない。

マークシートの判定は正確だ。自分が、いつもの間抜けさでなにかを間違えたんだろう。
涙は流れない。滲むくらいだ。眼球の裏側でじわじわと感情が溜まっていくだけ。

「まじかぁー・・・」

と、力の無い声。もし落ちていたら、大きく笑ってつまみにするつもりだったのに。
もう僕には隙間ができてしまって、吹き飛ばすような力はなかった。そんな風に笑ったらなにか、駄目になってしまう気がした。

嫁さんは受かっていた。夫婦で2度目の受験だったんだ。自己採点の時からほとんど間違いがなく、合格は目に見えていたけど、めでたい。
それなのに、僕は「まじかぁ・・・」と繰り返すだけ。途中でハッとしておめでとうを言ったけど、あまり祝えてはなかったとおもう。

とにかく、なにをどう間違って落ちたのかが知りたい。でも、試験に対しての問い合わせは原則回答されないことになっている。たまらない。

言葉をこぼす。最初についたため息と意味の変わらない言葉を、何度も。
大きな声で言ったり、小さな声で言ったり。

嫁さんも悲しそうな顔をしていた。「でも、ほんとうに頑張っていたよ」って、励ましてくれた。

普段なら嬉しいはずなのに、心が動かない。そうか、穴が空いてしまうと、そこから漏れてしまうんだな。過程を誉めることを薬と思ってきた自分の傲慢さを知らされる。

でも、僕は酒飲みだから。酸いも甘いもすべてはつまみと、お猪口をあおる。

いい居酒屋だ。美味しい食べ物には、いつも幸せが含まれてる。
食べて、日本酒を呑んで。食べて、日本酒を呑んで。またおなじ言葉をこぼす。

どうしようもない。

今日、僕は

悲しくて、幸せで

美味しくて、悔しくて

情けなくて、美味しくて

幸せで、悲しかった。


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