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溢れる心地を飲み干して

天気が酔っぱらっていた。コンビニで唐揚げ棒を買って出たときのことだった。いつのまに雨になってたのかと思ったら、やけに酒臭い。水溜まりには泡がたっている。一度店内の戻り、ビニール傘を買った。

勢いのいい雨音が頭上で響く。傘をさして歩いていると、飛び出し注意の子供の看板がひとりでに動き出していた。おいおい、本当に飛び出しちゃだめだろと、見当違いのツッコミが頭のなかに浮かぶ。看板は飛んだり跳ねたりしながら、機嫌よくどこかへ走っていった。途中、転ぶのが見えた。

匂いや白い泡からもしやとは思っていたけど、降っているのはビールだった。空には黄金色の雲が広がり、町は完全に酒にまみれていた。そのうちに傘もくねくねと動き始めて「僕だって濡れたくないんですよぉ」と愚痴りはじめた。そりゃそうか、すまないことをしたなぁと思って傘を閉じると、あっというまに僕もビショビショになってしまう。それよりも気になってしまうのは、このビールの香りの良さだ。

ヴァイツェンのような甘い香りを主体としながら、どこかシナモンのようなスパイスを感じさせる。この匂いに包まれて、ひどい雨だってのに桃源郷のような心地だ。あぁ、ジョッキでのみたい。泡のたった水溜まりが目に入る。

・・・いや、だめだめ。首をふると、酒びたしの髪から滴が飛んだ。

近所の公園に差し掛かると、お爺さんがベンチで傘もささずに座っていた。あの人の傘も酔っぱらってヘソを曲げたんだろうか。よく見れば、彼はジョッキを膝の上においてニコニコとしている。中身は泡だらけだが、底の方から2割ほど、黄金色の液体が溜まっているのが見えた。

「それ・・・やっぱ考えますよね・・・」

僕は我慢できずに話しかけていた。正直、わけてもらいたかった。頭から垂れるそれをたまに舐めるのも、もう限界だったんだ。アパートはすぐそこなのに、ずいぶん遠くのように思えた。老人は「やらんぞ」とだけ言って、手でグラスに蓋をした。

二人で黙っていると、泡がおちついて黄金色の割合が増えていく。そうすると彼は手をどけて、またグラスに雨を注いでいく。その繰り返しから、目を離せなかった。自分が呑めなくてもいい。それを呑む場面を見たかった。

そして老人は、飲み屋に出てくるあの生ビールと進化したそれを、重厚で、そして軽快な音をたてて飲み干していった。

アパートにつくと、洗濯物を干したままだったことに気づいた。やってしまったなぁと思うけれど、気分はいい。なにせ、飲んでないけどホロ酔いをとうに越えている。僕は家で一番口の広いグラスを手にとって、氷を幾つもそこに入れた。ビールでも氷を入れるのが好みなんだ。氷が入ることは、薄まる代わりに大きな2つの利点をもたらしてくれる。ひとつは黄金色がよく冷えること。そしてもうひとつは、キメの細かい濃厚な泡がたつことだ。

ベランダに出ると、ずぶ濡れになった洗濯物が井戸端会議をしていた。ここの家の人は干しかたが雑だとか、僕に着られると臭くなるから嫌だとか言っていた。視界を広げるためにまとめて端に寄せると、とたんに黙ってしまう。あとで柔軟剤をしこたまぶちこんで回してやろうとおもいながらも、今はなにより大事なことをと、柵の向こうへ手を伸ばした。

握られたグラスへ雨が降る。氷にパタパタと注がれていき、少しずつ泡がたちはじめる。白で一杯になると手をひっこめ、それがある程度液体にかわるのをまった。あの老人とまったく同じことをしている。あぁ、そういえばつまみはどうしようと思ったところで、唐揚げ棒を買ってきたことに気づいた。泡を落ち着かせながら、それを取ってまた戻る。

開けた視界の向こうの空には、雲が消えていた。いまだ頭上にはモクモクと広がっているが、やがてこちらも晴れてくるだろう。夕暮れも遠くない。その時、町はどんな風に輝くだろうか。

ワクワクする。とうとう、グラスは黄金比となった。

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