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夢の教室

自分のことが嫌い。
ぶくぶくと太った体。何度捨ててしまいたいと思ったかわからない。ぐちゃぐちゃで醜い顔は、自分の心まで汚いように思えてしまう。

鏡で自分を見るたびに、ため息を通り越して怒りが込み上げる。耐えられなくなって、鏡の中の顔を思いっきり殴ってしまったことだってある。結局鏡は割れずに、拳から血が出ただけだった。痛くて痛くてたまならなくて、それなのに、誰もいない中我慢していた。その時に映った、感情がごちゃ混ぜになったあの表情。あまりにも不細工なその顔を見た途端、訳のわからない声が土石流のように溢れた。泣き叫んだって可愛くなれるわけもなくて、そのうち私は眠りにおちた。それは唯一、不幸から逃げられる方法だった。

その夢の中で、私は教室にいた。逃避のための睡眠なのに、こういう現実のような夢をみることもたまにあった。周りの生徒はなにか言ってくることは無かったけど、汚れた目線が幾重にも絡み付いてきて、私は動けなくなってしまう。

身体中が視線で雁字搦めになり、いよいよ暗闇が私を支配しかけた時、彼は来た。

教室の扉が爽快な音をたてて開いたかと思うと、その男の子は姿勢良く歩いてきた。
彼は教壇の上に上がると、まっすぐに私を見つめて愛しげに微笑む。

気づけば、教室には二人だけになっていた。絡みついていた糸はいつのまにか消えていて、心が解放されたような心地だった。産まれてはじめて呼吸をしている気がした。

彼は背を向けたかと思うと、黒板に白いチョークで何か描きはじめた。それはすぐに人物であるとわかった。彼が大きく腕を動かしたり、滑らかに指が流れていくのを、私はずっと見ていた。

やがて、二人の男女が黒板に浮かんだ。それは私と彼だった。
とても上手なのが少し嫌だった。だって、嫌いな顔そのまんまだったから。

そんな風に思っていると、彼はこちらを振り替えって、また愛しげに微笑んできた。
見つめ返すのは難しくて、俯いてしまった。心地いいのに、彼の目を見ると気持ちが落ち着かなくて、見ていることができなかった。

またチョークを引く音が聞こえてきて、顔を上げると

ー指先を結ぶ、赤い糸が描き足されていた。

そうして私は恋に落ちた。

目が覚めた時、指からは血が細く流れていた。あの糸のようで、運命を感じる。
鏡を見れば、頬が染まっていて、少しだけ、本当に少しだけだけど、可愛く思えた。

それからの毎日はとっても幸せだった。
夢でだけで会える彼と、どこにでも行った。どこにでも行けた。
海の中を魚になって泳ぎあったり、お城の中で結婚式の真似事をしてみたり。車にのって雲の向こうまでドライブをしたこともあった。

いつも、可愛いよと誉めてくれた。声は聞こえなかったけど、口の動きでわかった。そう言われるたびに、本当に可愛くなっていくような気持ちになった。

ずっと彼と一緒の毎日だった。明るくなったと言われることが増えたけど、そういうことじゃなかった。もう現実なんてどうでもよかっただけだ。誰に嫌われようが好かれようが、なんの関係もないことだった。起きている時間は、次のデートのことばかり考えていた。

一番嬉かったことがあった。リンゴの木のある、素敵な丘へピクニックへ行った時のこと。
二人でサンドイッチを食べた後、彼がどこかから花をひとつ摘んできた。
それを丁寧に私の指に巻くと、魔法をかけるようなジェスチャーをした。

風が吹いて花びらが舞うと、それは銀色の指輪になった。

プロポーズだった。生まれてはじめて、嬉しくて涙が出た。その泣き顔も、彼はまた誉めてくれた。

一番悲しかったことがあった。
家族でショッピングセンターに行った時、ある洋服屋さんに彼を見つけた。夢の中より随分大人になっていたけど、私にはすぐにわかった。
胸が高鳴るどころではなかった。心臓が耳に移動したかと思った。私は一心不乱に駆け出して、そして立ち止まった。

違う指輪が、彼の指にはまっているのが見えた。

その横では、綺麗な女の人が洋服をあてがってみせていた。私には分かってしまった。彼の口が、あの愛しい動きかたをするのを。「可愛いよ」と、言っているのを。

世界が停止していくのを感じた。あんなにうるさかった心臓の音も、なにも聞こえなかった。ただ全てが終わっていった。さっきまで生きていた感覚や感情が、ゆっくりと死んでいった。

気づけばトイレにいて、よく知った不細工な顔を見つめていた。どこからかうめき声が聞こえてきたかと思うと、それはどんどん大きくなっていった。聞いたことのある、訳のわからない声だ。それは私の泣き叫ぶ声だった。逃げるしかなかったけど、聖域はもう壊れてしまっていた。それでも、そこへいくしかなかった。

この夢のなかで、私は教室にいる。
生徒も居ない。彼も居ない。
ただ黒板に、運命の二人が描かれている。黒板消しを握ったまま、ずっとそれを見ていた。

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