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砕けたリンゴとミルクティー

「最後にさわったの親父なんだから、ゲーム片付けなよ」

俺がそう言うと、親父は大きく目を開いて、手元にあったリンゴを投げつけてきた。
それは咄嗟によけた体を横切って、後ろのテレビにぶつかった。画面にはひびが入ってしまっている。

血が冷たくなるのを感じながら、それでも萎縮した顔など見せまいと、平然とした風でリンゴを片付ける。肌ざわりの悪い静寂。親父の怒りや戸惑いが、空気を黙らしているようだ。
リンゴはぶつかった部分が少し砕けていた。

何時でも出しっぱなしのゲーム機。どうせまたすぐ使うのに、片付けないといけない意味が分からなかった。
俺も親父もゲームが好きで、だらしない性格だ。ある日「最後に触った人が片付ける」というルールが作られたが、しばしばそれは破られ、機能しているとは言いがたいものだった。

俺は黙って居間を出て、2階の自室に戻った。
椅子に座り、ゆっくり息を吐く。しばらくそのまま、胸を落ち着けていた。
家に一台しかないゲーム機。俺だって今日はあれをやりたかった。それを我慢して譲ってやったのに、あんな理不尽なことをされてはたまったものじゃない。
やり場のない怒りを抱えながらも、俺は自分の尿意に気が付いた。
しまった。2階にはトイレがないのだ。直接顔を合わせるわけじゃないが、いまさら下に降りるのは気が引ける。
少しこらえてもみたが、こればかりはしょうがない。俺はなるべく音をたてないようにして階段を降りていった。

用をすませ2階に戻ろうとすると、台所のほうからいい香りがすることに気づいた。
そっと覗くと、それがミルクティーの香りであるとわかった。

コンロの前でじっと待つ親父の後ろ姿が見える。
ミルクパンに牛乳を入れ、火にかけながらそのままティーパックと砂糖を入れる。たまに作ってくれる、雑なミルクティーだ。

「飲むか?」

いつから気づいていたのか、振り返らずに親父が言った。
俺は返事をせずに横に並んだ。

ミルクパンの中では、牛乳から細かい気泡がぷくぷくと浮かび、ティーパックから茶葉の色がどんどん溶け出してきている。親父は砂糖をスプーンで雑に入れ、すこしかき回した。
俺は棚からマグをふたつもってきて並べた。そこにちょうど2杯分のミルクティーが入れられた。

息を吹きかけながら、一口飲む。
ほんのり甘い味わい。優しい香りだ。

「うまいな」

親父がそう言った。

「・・・うまいね」

もっと甘いほうが好みだけど、俺もそう返事をした。

それ以上はお互い何も言わず、ただゆっくりと飲んだ。
体が温まっていく。もう、それほど辛くない自分がいた。
やり場のない感情も、茶葉と一緒に溶け出してしまったのかもしれない。

親父に礼を言うのも癪だ。俺はミルクティーに、心の中でありがとうと言った。








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